64「エリカの出会いです」④





「うん。そーだよ!」

「へ?」

「え?」


 軽い感じで返事をされてしまったエリカは、間の抜けた声を出してしまった。

 もっと悪い展開になると思っていたのに、ヴァルザードは今までと変わらない。


「あ、今は休暇中だから喧嘩はしない方向なんだ」

「休暇中なんだ。というか、どうしてこの国に来たのよ?」

「ママがね、変態魔王に見つかるから、しかるべき時まで隠れていなさいっていうんだけど、暇じゃん!」

「……変態魔王って、ああ、あの人か」


 エリカは、魔王遠藤友也を思い出した。

 なんでも放っておくとラッキースケベをするような女性にとって天敵のような魔王だと紹介を受けた。

 ただし、今はギュンターの結界のおかげで、女性に突っ込むことがあっても触れることができないので大事には至らない。

 それでも彼の前だと風が気を利かせたようにメイドのスカートをめくるのだ。

 これでギュンターの結界がなかったら、どのような大惨事になっていたのか想像もできない。


「僕としてはママに逆らいたくないんだけど、もっと世界を見て回りたいんだよね。せっかく生まれてきたんだから、閉じこもっていても退屈だし」

「そりゃそうだけど」

「あとね、この国にきたのは、スカイ王国が人間の国の中で一番変態な国だって聞いたから、どれだけ狂った国なんだろうって興味を持ったからだよ。でもふつーの国だったね」

「あのね! この国は一部の人間が頭おかしいだけで、他の人たちは普通よ!」


 変態を受け入れることから始まり、魔法少女になったおっさんや、性別を変える変態女神を信仰し、挙げ句の果てには変態が舞台女優の舞台が人気の国であることを思い出し、ちょと自信がなくなった。


「少なくとも私は変態じゃないわ!」

「どうして言い直したのか気になるけど、ま、いいや。んじゃ、そろそろ帰ろうかなー」

「帰るの?」

「うん。残念だけど、騒ぎを起こしちゃったからね。サムに気づかれて殺し合いになったら、きっとこの国を巻き込んじゃうと思うし、それはなんか嫌だなって」

「……あんた」


 接してみてわかった。

 外見こそ二十歳の青年だが、中身は子供だった。

 サムと戦い、ボーウッドを騙し不意打ちをしたようだが、ヴァルザードをそこまで邪悪な存在だとは思えなかった。

 馬車の件だって、やりすぎはしたが、エリカや子供たちを守ったからだ。

 少なくとも、ヴァルザードの中に善性はあるのだ。


「ママはね、神様になるんだ」

「え?」

「そして、僕たちは魔王としてこの世界に君臨し、世界を支配する。きっとサムとかは僕たちを受け入れないだろうから、殺しあうだろうね。でもね」


 ヴァルザードは懐いた子猫のように笑った。


「エリカおねーさんとこの国は好きになったから、滅ぼさないで大切にするよ。僕が魔王になって、大事にしてあげる」

「……ヴァルザード」

「ここだけの話だけど、本当ならサムとも友達なってみたいんだ。だって、サムっておもしろいじゃん。あれだけ強くて、不安定で、こっちがわくわくするんだ。でもね、友達になりたい以上に、戦って勝ちたい。僕がママの最高傑作であると証明するには、サムほどちょうどいい相手はいないよね」

「最高傑作って、そんな言い方しなくても」


 まるで自分を道具かなにかのように言うヴァルザードに、エリカが眉を潜める。


「え? でも、僕はママが作った人工魔王だからね。道具だよ!」

「……なにそれ」


 ヴァルザードの母親がどんな人物か知らないが、酷く嫌悪感を覚えた。

 生まれはさておき、自分を道具だと認識させるような親などろくでもないに違いない。


「あ!」

「な、なによ!」

「そうそう! もし、僕の兄弟がエリカを危ない目に遭わせようとしたら、僕の友達だっていいなよ。わかるように話をしておくからね」

「あ、ありがとう」

「ううん、こっちこそ今日はたのしかったよ! ドーナッツは気に入った! 僕が魔王になったら毎日食べるようにしよう!」

「なによそれ」


 エリカが笑い、ヴァルザードも笑う。

 そして、彼は手を振り、背中を向けた。

 彼の背中に攻撃することは、なんだか違うとエリカは思い、何もできなかった。


「サムによろしくね! またね、エリカおねーちゃん!」


 そう言って笑顔で去って言ったヴァルザードを見送ったエリカは、このことを伝えるべく戻った。

 しかし、不思議とヴァルザードがちゃんと国から出て行き、サムたちと衝突しないことを祈ってしまう。

 そして、できることなら、子供を道具とする母親のもとに帰らないでほしいと願うのだった。




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