62「エリカの出会いです」③
「……ヴァルザード? どこかで聞いたような聞かなかったような……」
「よくある名前だよ」
直接その名を聞いたことはない。
だが、屋敷の中で、誰かが似たような名前を出していた気がする。
エリカは記憶を辿ろうとするが、脳裏に浮かぶのは変態行為をするギュンターのことばかりだった。
「おねーさん?」
「なんでもない。じゃあ、いきましょう。でも、私あまりお金持ってないから屋台でいいでしょう」
「うん!」
「はぁ、お腹いっぱいになったら帰りなさいよ」
「えー」
「えー、じゃないの!」
そんなやりとりをしながら、少し足を伸ばして城下町の中で一際賑やかな場所に移動すると、目を輝かすヴァルザードの希望通りに、サンドイッチとドーナッツ、そしてオレンジジュースを買った。
噴水の前のベンチで座って食べるように言ったのだが、どうやら彼は城下町を見て回りたいようで、紙袋を脇に抱えて手にサンドイッチを持って歩き出す。
城下町のひとつひとつが珍しいようで、子供のようにはしゃぐヴァルザードにエリカは苦笑した。
(そういえば、サムは年下のくせにこういう可愛げはないのよね。どちらかっていうと年上みたいに落ち着いているし。普段は子供なんだけど、こうスイッチが変わるのよね)
ヴァルザードは、十代後半ほどなのにサムよりも子供に見えた。
子犬と戯れ、猫と威嚇し合い、子供たちの輪に加わってはしゃいだりと大忙しだ。
ドーナッツをちぎって子供達と分け合っている姿は、本当に同年代のようだった。
その時、
「おい! 逃げろ!」
誰かの声が聞こえた。
エリカが声に反応して振り返ると、少し離れた場所にものすごい勢いで迫りくる馬車があった。
馬を二頭つなぎ、無駄に装飾を施した馬車が貴族のものだとすぐにわかる。
残念なことに貴族の中にマナーの悪い人間は多い。
取締りこそしているが、貴族の馬車に引かれて子供や年寄りがなくなることは少なからずあるのだ。
「ちょ、こんな街中を思い切り!」
思わず魔法を使おうと魔力を高めたが、城下町で魔法を使った方が大事になりそうだ。
なによりもエリカには馬車を止めることのできる魔法がない。
障壁を張ることができるが、正直、攻撃魔法ばかりが得意なので自信がなかった。
「どうしよう!」
「僕に任せてよ」
「ヴァルザード?」
エリカが悩む間にも馬車は迫っている。
御者など、エリカたちを認識しているはずなのにスピードを落とす気配がない。
すると、ヴァルザードがエリカの前に立った。
「――――僕の楽しい時間の邪魔をするな」
ヴァルザードが馬車を睨みつけた刹那、馬が足を止めた。
エリカにはわかった。
ヴァルザードから放たれた濃密な殺気に、馬が死んだのだ。
馬車はそのまま馬の制御ができず、傾き、そして転がった。
馬を殺してしまったせいで、もっとひどい状態で迫ってきた。
「ちょ、ヴァルザード!?」
「あらら」
これにはヴァルザードも予想外だったようで、困った顔をする。だが、彼が腕を薙ぐと、馬車は煽られたように逆回転して、近くの商店の壁に突っ込んだ。
「馬車の中にいる人、死んだんじゃない」
「死んでも困らないよ。あんな馬鹿なことをする奴なんて」
幸いというべきか、馬車からすぐに中年男性が出てきた。
怪我らしい怪我をしていないのは幸いだった。
馬車に突っ込まれた商店も壁の一部が崩れたが、人的被害はなかった。
騎士が現れ、中年男性と御者を拘束したので、賠償がされるはずだと思う。
「あーあ。せっかく面白かったのになぁ」
馬車が暴走したせいで、子供たちも逃げてしまいもういない。
ヴァルザードはつまらなそうに近くにあった、小石を蹴飛ばした。
「ねえ、ヴァルザード」
「うん?」
「私、思い出したわ」
「なにを?」
「あんた、サムと戦ったわよね?」
エリカの記憶の中で、サムやゾーイたちが話をしていたのを偶然聞いたことがある。
ウォーカー伯爵家にやってきた、魔族のボーウッドを不意打ちとはいえ、一撃で倒すほどの、いや、準魔王のゾーイを圧倒した真なる魔王を名乗った魔族。
そのひとりが、ヴァルザードという名前だった。
エリカのことばに、ヴァルザードは深い笑みを浮かべた。
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