61「エリカの出会いです」②
(しまった)
エリカは内心舌打ちした。
関わらないでいようと思った相手と目があったということは、次の展開がだいたい決まっているからだ。
その証拠に、青年は立ち上がり、こちらに近づいてくる。
逃げようとするも、青年の動きは早く、あっと言う間に目の前に立たれてしまった。
「……」
「な、なによ」
不思議そうな顔をして自分をまっすぐに見つめてくる青年に、エリカは戸惑った声を出した。
すると、
「――くんくん」
なぜか顔を近づけられて匂いを嗅がれた。
「なにすんのよ!」
反射的に拳が飛び出て、青年の顔面を殴る。
「あんたね! 初対面の女の子の匂いを嗅ぐとか、マナー違反にもほどがあるでしょう! ぶん殴るわよ!」
「もう殴ってるよぉ」
鼻を押さえて涙目になる青年だが、殴ったエリカの手のほうがジンジンと痛い。
「なんで匂い嗅いだのよ!? ことと次第によっては蹴り飛ばすわよ!」
「ちょ、やめて、蹴ろうとしないで! おねーさんから知り合いの匂いがしたから、嗅いでみたんだよ」
「……知り合いの匂い? もしかしてギュンターの変態臭でもついているのかしら? 家に帰ったらお風呂に入って、服は洗濯ね」
知り合いの匂いというが、そもそも今日だけで何人もの人間と接しているのに、その中から青年の知り合いの匂いを嗅ぎ分けることができるのだろうか、と首を傾げる。
(――じゃなくて。知り合いの匂いがするとかしないとかはどうでもいいのよ。女の子の匂いを嗅ぐのが重罪なのよ!)
二、三発蹴りを入れたいが、悪意やいやらしい感じは青年からしなかったので、もうよしとすることに決めた。
ここで揉めるよりも早く焼き菓子を買って帰宅したかった。
「これからは女の子に匂いなんて嗅いじゃだめよ」
「はーい」
「じゃあね」
手を振り、立ち去ろうとするエリカだが、その後を青年がついてくる。
たまらず振り返ると、青年はきょとんとした顔をしていた。
「どうしたの?」
「あのね! どうして着いてくるのよ!?」
「なんとなく」
「なんとなく!? なにこれ、ナンパ? 悪いけど、そういうのは受け付けていないの。私ね、婚約者がいるし、結婚だって前向きに話が進んでいるの。だから、残念でした」
「なんぱ? よくわからないけど、おねーさんが結婚するとかどうでもいいけどなぁ」
「ど、どうでもいいって、じゃあなんで着いてくるのよ!?」
このまま店に入ろうと家に帰ろうと着いてきそうなので足を止めた。
しばらく睨み合っていると、ぐぅぅ、と青年のお腹がなった。
「お腹減っていたのを忘れてた」
「空腹を忘れるって、ありえないんだけど」
(このまま立ち去りたいけど、こいつが誰かに迷惑をかけるもの嫌だし、でも関わるのは面倒だし……というか、今更だけど、なんで年下の私をおねーさんなんて言うのかしら?)
放置すべきか、関わるべきか悩むエリカだったが、生来の面倒見のいい性格が災いし、彼を見て見ぬ振りができなかった。
「あんた、お金は?」
「ないよ!」
「そんな元気に返事されてもね……わかったわよ! ここで知り合ったのも何かの縁だから、なにか食べさせてあげる!」
「え!? 本当!?」
「ええ、二言はないわ!」
「ありがとー、おねーさん!」
「あんたね、そのおねーさんって言うのやめてよ。私の方が年下でしょう」
「あー、うん、そうかもね」
「なによ、歯切れが悪いわね。いいわ、エリカって呼んでちょうだい」
「わかったよ、エリカおねーさん」
「……ま、いいわ。それで、あんたの名前は?」
エリカが尋ねると、黒づくめの青年はまるで子供のようににっこりと笑った。
「僕は――ヴァルザード。ヴァルザード・サリナス。よろしくね、エリカおねーさん」
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