60「エリカの出会いです」①




 エリカ・ウォーカーは妊娠中の姉たちにお菓子でも買って帰ろうと思い城下町にあるお気に入りの焼き菓子店に足を向けて歩いていた。


「サムも凄いわね。ウルお姉様の弟子だっただけの子供だったのに、宮廷魔法使い、王国最強の魔法使い、そして――魔王か。正直、魔王ってどれだけ強いのって感じよね。全然、想像できないんだけど」


 サムが魔王になるか死ぬかの二択だったことはエリカも知っていたし、心配もしていた。

 かわいい弟だ。何かあったら悲しいに決まっている。

 同時に、エリカにとってサムは尊敬する魔法使いでもある。


 最初こそ、ウルリーケの後継者ということもあって嫉妬したが、彼の強さを見て、その嫉妬は消えた。だが、見せられた強さが彼の一端であることを知り、尊敬に変わった。

 今では、かわいい弟であると同時に、師である。


 といっても、軽い手合わせや、基礎訓練に付き合ってもらうくらいや、サムが読み終わった魔導書をもらったりすることくらいだ。

 同じく弟子の雨宮ことみの家に通い、ふたりで魔法について勉強するなどもしている。

 エリカには、ことみもまた可愛い妹だった。


 そんなサムがリーゼとアリシアと結婚し、本当の意味で家族になると、屋敷は賑やかになった。

 長女ウルが失踪、次女リーゼは最悪な男と結婚してしまい離婚、三女アリシアは気の弱い性格だったこともあり、屋敷の中は暗かった。

 ときどきギュンターが現れては馬鹿で変態な言動を振りまいていたが、あれだってウォーカー伯爵家が沈んでいることを案じての態度だったとわかっている。

 しかし、その頑張りは空回りだった。


 エリカはもちろん、ギュンターだってサムに感謝しているはずだ。

 かつての、賑やかだったウォーカー伯爵家が戻ってきたのはサムのおかげなのだ、と。

 そんなサムが魔王になるかならないかという大変な事態となり、エリカは不安だった。サムがいなくなったら、かつての暗い家に戻ってしまうのではないか、と。しかし、その心配は杞憂だった。


 サムはちゃんと帰ってきた。

 魔王に至り、よくわからない準魔王と魔王と竜と竜王を引き連れて。


「……魔王や竜もクッキー食べるかしら?」


 姉たちが相手をしているためエリカは、挨拶をしたきりだ。

 その際、よくわらない準魔王の兄妹が「君はなかなか妹力のある子だ」「ツンデレ系妹だな!」と言っていたが、エリカは首を傾げるだけだった。

 それ以前の話として、あのように異質の力を持つ相手に、平然と対応できる姉たちが凄い。


「べ、別に怖いとかそういうのじゃなくて、なんとなく恐れ多いって感じなんだけど、お姉様たちにはないのかしら? ――あれ?」


 焼き菓子店の甘い香りが鼻腔をくすぐる中、エリカは、店の前で座り込んでじぃっとショーケースのクッキーを眺めている青年を見つけた。

 黒づくめの少年は十代半ば歳ほどだろう。

 珍しい黒髪と、この暑い中黒い衣服を身につけ、見ているこっちが暑くなりそうだった。

 そんな青年の視線はクッキーに釘付けで、今にもよだれをたらしそうだった。


「……あの人、なんか変。魔力がっていうか、存在が、なんだか――サムに似ている? でも、顔は別人だし、なんだろう、この違和感」


 どこか異様さを覚える青年にエリカが警戒心を抱き、他の店に行こうと踵を返そうとする。

 すると、


「――あ」


 青年と目が合った。




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