56「悪巧みをしているそうです」②




「そこまでにしておきなさい。今日、ここに集まったのはサミュエル・シャイトの悪口を言うためじゃないわ」


 若干、苛立った硬い女性の声が響いた。

 レロード伯爵は口をつぐみ、胸に手を当て頭を下げる。


「失礼致しました」

「……ここに集まったのはサミュエル・シャイトの件だが、彼がどうこう言っている場合ではないのよ。すでに聞いているわね?」


 女性は貴族たちを見渡した。

 誰もが、神妙な面持ちで頷く。

 この場にいる貴族たちの中で、女性が一番爵位が高かった。

 ゆえに、まだ三十半くらいの若い女性当主に、年配の貴族たちでさえ気を使った様子を見せる。


「竜と、魔王よ」


 ごくり、と誰かが喉を鳴らした。


「貴方たちが平民の血が混ざっている、小僧と呼んでいるまだ十四歳の子供が計り知れない力を持っているわ」


 反論の声はなかった。


「王国最強だった宮廷魔法使いを一瞬で斬り殺し、王都を襲った竜と戦い下した。続いて、剣聖雨宮蔵人の片腕を奪い、隣国オークニー王国が召喚した勇者さえ相手ではなかった。そして、スカイ王国王家が初代から代々封じてきた魔王レプシー・ダニエルズと戦い、殺した」


 魔王レプシーの存在は秘匿にされていた。

 レプシーが倒れたあとは、王宮が倒壊したこともあり、爵位の高い貴族たちに通達されていた。

 しかし、ここで魔王との交流がはっきりしてきたため、国王クライドは貴族たちに等しく最低限ではあるが情報公開したのだ。


「今宵、歓迎会が開かれるのは存じていると思うわ。参加するのは、魔王遠藤友也、魔王エヴァンジェリン・アラヒー……この方は、最近王家とイグナーツ公爵家が祀った女神様ね。そして、魔王ヴィヴィアン・クラクストンズの配下である準魔王のゾーイ・ストックウェル。他にも、準魔王のレーム・ダニエルズ、ティナ・ダニエルズ。ダフネ・ロマック。ボーウッド・アットラック」

「……錚々たる面々ですね。いえ、私は詳細は知らないのですが。それほどの者ですか?」


 ここで疑うように問うたのは、レロード伯爵だった。

 スカイ王国は周辺諸国と同盟関係、友好関係、もしくは敵対関係があったが、西側の魔族たちの交流はないに等しい。

 ダフネのように種族を明かさず暮らしている者もいるが、彼女の場合は稀だ。

 他にもダフネの妹であるミヒャエルは、エルフとして知られていたが、彼女は国とは最低限の関わりしかなかったため、魔族や魔王に関しての情報が語られたことはなかった。


「レロード伯爵は知らぬようだな。恐ろしい存在だ。子供の頃、御伽噺を読んだことがあるだろう?」

「え、ええ、まあ」

「御伽噺に登場した恐ろしい魔王が本の中から抜け出したのだ。私は素直に怖いと思う」

「……その、あまり実感が」

「実感など持てるはずがない。そもそも、彼らの恐ろしさを身を持って知ることなど私たちにはできないのだ」

「そんな馬鹿な。私は退いたとはいえ、元騎士です」

「それがどうした?」

「所詮、あの子供と縁があるような存在だ。大したことなどないでしょう!」


 根拠もなくそんなことを堂々と言い放つレロード伯爵に、女性は嘆息したがなにも言わなかった。

 サムが強すぎるゆえ、その力量を把握できないものが多い。また、十四歳と年若いため、強いとわかっていても軽んじられる。レロード伯爵は、大した理由もなくサムを自分よりも下に見ている。

 実に哀れだった。


「そして、竜王と竜だ」


 レロード伯爵は自分の言葉が無視されたことに眉を顰めたが、それ以上口を出さなかった。

 さすがに彼の、王都を襲った竜――灼熱竜を見ている。

 あの存在感と圧倒感を見てもなお、竜を大したことないとはいえなかった。


「竜の脅威は知っているだろう。スカイ王国も、過去にその脅威にさらされたことがあった。多くの犠牲を出しながらも、なんとか討伐できた記録がある。そんな竜の、王が来た。それも、サミュエル・シャイトの客人としてだ」

「……我々にどうしろと?」

「なにも」

「え?」

「余計なことをするな。サミュエル・シャイトが気に入らなかろうと、貴族派がどうこうではない。いらないことをして魔王と竜の怒りを買ったとき、責任を取れる人間は少なくともここにはいない」


 大半の貴族は、女性の言葉を受け入れた。

 魔王はさておき、竜が王都で、王宮で、しかも自分たちがいるところで暴れられたらたまったものではない。

 しかし、レロード伯爵は違うようだ。


「取り込んではいかがでしょうか? あの子供にできて、我々にできないはずが」

「――黙れ。私は余計なことをするなと言ったのよ。聞こえなかったの?」

「失礼しました」


 女性の威圧的な声に、レロード伯爵は面白くなさそうに返事をする。

 そして、ついでとばかりに、余計なことを口にした。


「それにしても、まさか、こんなことになるとは思いませんでしたね。ロイド殿下の御落胤がここまで面倒を起こすとは」

「何が言いたいのかしら?」

「いえ、もし殿下が婚約者であらせられたジュラ公爵とご結婚なされていれば、こんなことにはならなかったのでは、と思いまして」


 レロード伯爵のいやらしい笑みに、イーディス・ジュラ公爵は怒りの表情を浮かべた。




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