57「悪巧みをしているそうです」③




「貴様っ! 成り上がりの伯爵風情が、ジュラ公爵になんという口の聞き方を!」

「おっと失礼致しました。つい思ったことを言ってしまう癖があるもので。お怒りになられたのであれば心から謝罪致します」


 謝罪などする気のない態度のレロード伯爵に、ジュラ公爵は大きく息を吸い込んで怒りを押しとどめた。

 一番触れられたくないことにわざと触れたレロード伯爵を殴り飛ばしたい衝動に駆られるも、必死で耐えた。


「謝罪なんていらないわ。それよりも、私の言ったことを守りなさい。どうせなら命令してあげてもいいわ」

「いえいえ、私も馬鹿な真似はしませんよ」

「それが本当なら私も安心なのだけど。――一応、言っておくわ。もしも、お前が馬鹿な真似をして魔王と竜から顰蹙を買ったら、切り捨てるわよ。私はこの国のために、お前の血縁者を、友人を、一度でも手の出したことある女も、すべて等しく殺してでも向こうのご機嫌を伺うわ」

「…………肝に命じておきます」


 脅しでもなんでもなく、ジュラ公爵はことと次第によっては言葉通りにするだろう。

 その本気が伝わったのか、それとも気圧されただけなのか、レロード伯爵は沈黙した。


「ごほんっ。あー、ジュラ公爵。歓迎会に関しては我々も承知しました。馬鹿な真似をするもりはありません。しかし、このままで良いのでしょうか?」

「どういうこと?」

「サミュエル・シャイトは強い。それは認めましょう。そして、友好関係も面倒です。魔王や竜を抜きにしても、王家、公爵家、複数の伯爵家、ほかにもいくつかの貴族が味方をしています。このまま王都にいられても邪魔でしかありません」

「どうしろというの?」

「領地を与えてはいかがでしょうか?」


 初老の貴族の声に、一同がどよめきを顕にした。


「それは考えていたわ。僻地にとは言わないけど、王都から離れた土地をあてがってそこで関わらないで暮らしてくれればありがたいわ」

「では!」

「しかし、すでに陛下から領地の話は出ているのよ。サミュエル・シャイトはいらないと断ったわ」


 貴族たちが、驚きを浮かべた。

 爵位を持ち、領地を持ってこそ貴族でありステータスだ。

 それをいらないという人間を少なくとも、この場にいる貴族たちは知らない。


「でも、いいわね。いくつか遊んでいる土地もあることだし、陛下に進言してみましょう」

「よろしくお願いします」


 こうして、『貴族派』貴族たちは、サムに領地を与え、自分たちから遠ざけようと画策したのだ。

 話し合いが終わり、部屋の中にひとりイーディス・ジュラだけが残された。


「――サミュエル・シャイト」


 かつての婚約者が残した唯一の子供。

 もしかしたら、自分が産んでいたのかもしれない、と思い、ありえないと首を横に振る。

 イーディスは、ロイグが出奔したあと、他の男と結婚した。

 貴族として、公爵の人間として、誰とも結婚しないという選択は彼女には存在しなかった。

 だが、多くの葛藤と、苦しみがあったのは間違いない。


 幼少期から結婚すると決まっていた、幼なじみであり、兄妹のような存在だった相手が突然消えた。

 まさに青天の霹靂だった。

 その後、ロイグを忘れるよう努力して、結婚し、子供を設けるも――心から愛していた人を忘れることはできなかった。


 彼女の想いは今でも変わらない。

 そんな折、サミュエル・シャイトの存在を知った。

 ロイグの息子だと、彼の愛した女性の子供だとわかった。

 その時に、イーディスは混乱もせず、怒りもせず「ああ、そう」とだけだった。

 しかし、まさか、これほど無視できない存在になるとは思いもしなかったのだ。


「面倒な子ね」


 何度か見かけた黒髪の子供の顔を脳裏に浮かべたイーディスは、小さく笑みを浮かべるのだった。




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