55「悪巧みをしているようです」①
スカイ王国王都にある、とある屋敷にて。
「――この現状はいかがなものか?」
複数人の貴族の当主たちが、丸いテーブルを囲んで話し合いをしていた。
よほどやましいことがあるのだろう。カーテンを締め切り、息を潜めている。
従者も使用人も部屋のそばに近づけないという徹底ぶりだった。
「あのサミュエル・シャイトとかいう小僧が現れてからすべてが変わってしまった! アルバート・フレイジュを殺し、我々の同士たちを尽く潰された!」
「さらに、あのお飾りだった陛下が急に動き出したせいで、我ら貴族派の力は大きく削ぎ落とされてしました」
「……気に入らぬが、あの小僧のおかげで我々がこうして貴族派の中でのし上がれたのも事実なのだが、それでも鬱陶しいには変わりない」
この部屋に集まっている者たちは、『貴族派』と呼ばれる貴族たちだった。
貴族がいてこそ国が成り立つ。自分たちがいるからこそ、国が運営されていると信じている人間たちだ。
しかし、彼らの勢いは衰えていた。
先ほど名前が挙がったばかりだが、サミュエル・シャイトの登場によって、彼らの権力はなくなりつつあった。
「ウォーカー伯爵め……まさか、出戻りの娘をあの小僧の正室に据えるとは、いくら縁があったからとはいえ、うまくやりおったな」
忌々しげに、ひとりの初老の男が唇を噛んだ。
彼は、早々にサムを取り込もうと孫娘と結婚させようとしたのだが、ウォーカー伯爵に取り次ぎさえしてもらえなかった。
後ろ盾のない小僧など、いいように操れると思っていたのだが、目論見は失敗した。
「紫・木蓮と雨宮蔵人も同様です。まったく、蔵人など、散々我々に世話になっておきながら、なんという恩知らずだ!」
「蔵人め、娘を側室にしたのだから、我々にもなにかしら融通するかと思えば連絡さえつかん」
「まあまあ、奴はどうせ陛下側ですからね。以前からの友人でもありますし、みなさんも過度な期待はしていなかったでしょう?」
とりわけ若い男の言葉に、「もちろんだ」と他の貴族たちが頷いた。
実際は、蔵人のおこぼれに預かろうと思っていたのだが、口が裂けてもそうとは言えない。
「しかし、あのステラ様までシャイト殿の奥方になるとは思いませんでしたわね。しかも、側室とは」
女性当主の声が響くと、誰もが「確かに」と頷く。
「問題があるとされていたがステラ様は王女だ。それを、出戻りのリーゼロッテが正室で、ステラ様が側室とは……陛下もなにをお考えなのか。イグナーツ公爵も、息子は狂っているがもっとまともな男だと思っていたのだが、所詮狂人の親も狂人か」
髭を伸ばした老いた貴族が小馬鹿にしたように吐き捨てる。
「このままサミュエル・シャイトを陛下の駒にしておくのは惜しいですなぁ。アルバートを一撃で斬り殺した姿はあまりにも強烈で――正直、彼の虜になりそうでした」
「気持ちはわかる。成人前の小僧が、大人を相手に怯まず、躊躇いもなく殺しおった。戦時下であれば英雄となっただろうに」
「――さすが、半分とは言え王家の血を引いているだけはありますね」
最年少と思われる、三十ほどの貴族の言葉に、しん、と部屋の中が凍りついた。
「レロード伯爵、その話は」
「あまり他言しないようにとのことでしょう? しかし、この場にいる誰もがご存知のはずです」
レロード伯爵と呼ばれた男は、気障ったらしくブロンドの髪をかき分けた。
端正な容姿と、騎士団に所属していた過去から引き締まった肉体を持つ彼は、社交界で女性から人気の男だ。
本人も自分の人気を自覚しているため、女性に簡単に手を出す悪癖がある。
すでに結婚しているものの、妻以外にも愛人がいたり、一晩の関係を持ったりと、節操がない。
気に入れば、貴族だろうと平民だろうと、それこそ人妻だろうと手を出すことから、年配の貴族にはあまり好かれていない。
この場にいる貴族の中にも、娘や孫をお手つきにされながら責任を取るつもりのないレロード伯爵を快く思っていない者もいた。
「……確かに、サミュエル・シャイトは亡きロイグ殿下の御落胤のようだ。実際、若い頃の殿下を知る身としてはよく似ている」
「へぇ。それは興味深い。しかし、彼は黒髪ですよ?」
「幼少期は銀髪も混ざっていたようだ。それに、まるで剣の才能がないのも同じだ。いくつか証拠もある。殿下の御烙印であることは疑っておらん」
「しかし、所詮、平民の血が混ざった子供です」
貴族派の貴族によって、自らの血に平民の血が流れていることはとてもじゃないが容認できることではない。
レロード伯爵は、平民である母を持ちながら、サムが王女と結婚したことや、名のある貴族に目をかけられていることが気に入らない。
年配の貴族などは、容認はできずとも王弟の子供や類稀なる魔法の才能を持っているのなら――と、割り切ることができるが、レロード伯爵のような若い貴族には面白くないようだ。
レロード伯爵だけではなく、若い貴族の中には、サムを嫌っている人間がいる。そのほとんどが男で、僻みが原因だ。
だからといって真っ正面から喧嘩を売る度胸はなく、せいぜい陰口を叩くくらいしかできていない。
――結局のところ、魔法使いとしての才能に恵まれ、魅力的な女性と結婚したサムを妬んでいるだけでしかない。平民の血、などというのは他に叩くところがないから話題に上げているに過ぎなかった。
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