51「準魔王が動き出しました」





「あー、退屈っすねー!」


 彼女は、ベッドしか置かれていない部屋の中で、寝転びながら背筋を猫のように伸ばした。


「最近は面白いことがないのでつまんないっすよー。レプシーのお馬鹿さんが魔王をちゃんとやっていたときは、偽物魔王との戦争とかで面白かったんっすけど、つまんねーなー!」


 年頃は二十歳手前くらいだ。

 華奢で小柄な体型に、ボディラインをはっきりさせるような柔らかな生地の服を身につけ、その上からデニム生地のジャケットとミニスカートを履いている。

 金髪の癖っ毛をショートに揃えた彼女には、そんな快活な格好が似合っていた。


 彼女の名は、カル・イーラ。

 準魔王のひとりだった。


「あー、退屈退屈っす! いや、仕事はあるっすよ! 変態魔王のせいで各地を転々とさせられているんで、やることはあるんすけど、他が充実していないんすよ!」


 誰かに言うわけでもなく、ベッドマットをバンバン叩きながら、不満を口に出し続ける。


「仕事ばかりしていたら、千年も経っちゃったっすよ! 気づいたら婚期を逃してたってレベルじゃねーっすよ! 私の友達、みんな結婚して、子供、孫どころか、子孫までいるんすよ! なのに私は彼氏いない歴が年齢と同じ! あははははは、ふざけんなー!」


 カルは特定の住まいを持たないが、各地に仮住まいを用意して、そこを転々としていた。

 今はオーガ族の魔王であり、破壊のオーガと恐れられるダグラス・オーガウスの国にある小さな商店の三階で生活していた。


「遊んでやろうかと思ったのにダグラスの野郎は国から勝手に出たお仕置きで仕事中っすし、寂しがり屋のエヴァンジェリンも不在。ロボなんて会話にならねーし、フランベルジュは普通に嫌いなんっすよねー! 友也なんて論外! あのくそ魔王は、百と八年前に私のお尻に顔を埋めやがりましたからね!」


 彼女の言葉から、魔王たちの知己であることが伺えた。


「ゾーイも、ダフネも、ブラコン兄弟もみーんないない! ヴィヴィアンさんはお暇みたいっすけど、あの魔王はなんというか母性が溢れているんでちょっと遊び相手じゃないんっすよねぇ」


 愚痴をこぼしたところで、カルが暇を持て余しているのは変わらない。

 せっかくの休暇なのに、彼女は暇すぎた。


「お金もすっからかんで、食べ歩きもできないっす。まー、準魔王なんで数ヶ月食べなくても死なないっすけど、腹は減るんすよ! ――あ!」


 カルの脳裏によいアイデアが浮かんだ。


「そういえば、今話題のサミュエル・シャイト君がいい感じのお人好しらしいっすね。敵対さえしなければ身内に甘いってことで、ダフネもゾーイも、魔王たちもみんなメロメロみたいじゃないっすか。ならば――私にもご飯を食べさせてくれる! いやいや、さらに手厚く保護して働かなくても食っちゃ寝してもいい生活を保証してくれるはずっす!」


 もうひとり誰かがこの場にいれば「そんなわけがない」と言ってくれたのだが、残念なことにカルに突っ込む者はいなかった。


「思い立ったら吉日ってことで! 行きましょう、スカイ王国へ!」


 ベットから飛び跳ねてブーツを履いたカルは、手と手をパンっ、と合わせた。




「――転移」




 刹那、少女の姿は魔法陣に包まれ消えた。




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