52「従者が来ました」①




「あら、男性たちは楽しそうね」


 フランは、浴室から聞こえてくるサムたちの声に、苦笑した。

 サムたちが風呂に向かうと同時に、それぞれが動き出した。

 まず、「歓迎の宴をしよう!」と急に決めたクライドは、ステラとジョナサンを伴い王宮に戻っていった。


 続いて、水樹と花蓮はリーゼに歓迎会に着ていく服の支度をするために連れて行かれてしまった。

 水樹は、魔王との会談に同席した着物でいいと言ったが、「何度も同じ服は駄目よ」とリーゼに却下された。

 花蓮は論外で「いつも通りの格好でいい」と淡々と言ったので、紫家からパーティー用として預かってある衣装から身支度を整えさせることとなる。


 アリシアはせっかくメルシーが人化したので、可愛い洋服を着せたいと連れて行ってしまった。

 他の姉妹がメルシーばかりずるいと抗議の鳴き声を出していたが、残念ながら次女と三女はまだ人化できていないので次の機会だ。


 フランは、一時期社交界から離れていたとは言え、伯爵家の令嬢であり、宮廷魔法使いの一人娘だ。

 パーティーは好きではないが、慣れているので慌てる必要はない。

 なので、サムの部屋で彼の着替えを用意していた。


「サムは宮廷魔法使いとして仕立ては服でいいとして、ギュンターもクリーがきっとそのうち持ってくるでしょうね。問題は、魔王様たちね」


 割と物怖じしない性格のフランだが、魔王、準魔王、竜を相手に「着る服あるの?」とは聞きづらい。

 ダフネかゾーイがいてくれれば頼めたのだが、今回の歓迎会は準魔王であるふたりも歓迎される側だ。

 ダフネは「私はメイドですから」と固辞しようとしたが、エヴァンジェリンが引っ張っていってくれた。

 竜王母娘、準魔王の妹も揃ってエヴァンジェリンに続く。

 彼女たちの支度は、リーゼが水樹たちの支度を終えたら取り掛かるそうだ。フランもサムの着替えと、準備してある軽食を進めたら向こうへ合流予定だった。


「……小柄な魔王様はサムの服を、って、サムはあまり服を持っていないのよね。竜の方と吸血鬼の方はギュンターの服を借りようかしら?」


 腕を組み、フランは悩む。

 いっそ王宮で全部用意させてしまおうかと思ったが、あまり彼らを人目に触れさせるのは良くないと思い直す。

 スカイ王国の民の話ではない。王都に住まう人たちならば、日頃ギュンターの奇行に慣れているので、竜だろうと魔王だろうと今更だ。

 特に最近では、エヴァンジェリンが女神として祀られ、国王はビンビン喧しいので、魔王くらいでは驚かないだろう。

 警戒しなければならないのは民ではなく貴族だ。

 魔王や竜という人を超越した力を持つ彼らに、良からぬことを考えて近づかれては困る。

 万が一、不興を買ってしまいスカイ王国ごと滅ぼされました、では洒落にならないのだ。

 かつて、サムがこの国にやってくるまで、貴族には不正が蔓、お世辞にもいい国とは言えなかった。だが、サムが暴れ回った結果、少しずつ腐敗した貴族が処理されていった。それでも、水面下で悪さをする貴族はいるし、派閥争いもある。

 腐敗貴族をすべて潰すのにまだ時間がかかるのか、それとも必要悪として残しておくつもりなのか。

 どちらにせよ、腐敗貴族に魔王と竜は刺激が強すぎるだろう。


「フランチェスカ奥様」

「はい?」


 部屋の扉をノックされ返事をすると、若いメイドが入ってきた。


「どうしたの?」


 まだ奥様と呼ばれることをくすぐったく思うと同時に、普通の家ではこうはいかないと苦笑する。

 フランはシャイト伯爵家に嫁いだが、ここウォーカー伯爵家で暮らしている。

 リーゼは幼なじみだが、正室と側室の関係でもある。

 ならば、ぎくしゃくしたり、サムの寵愛を一身に受けようと、女性の争いが勃発するのだが、シャイト伯爵家ではそうはならない。

 なによりもサムを優先しているからだ。

 妻たちが醜い争いなんてするなど持っても他だった。

 同時に、ウォーカー伯爵家でもフランたちは、サムの妻のひとりとしてリーゼと同じ扱いだ。それは、王家も、紫家も、雨宮家も、そしてシナトラ家でも変わらない。

 本当に心地いい家に嫁いでこれたと感謝している。


「それが、あの、よくわからないのですが……魔王様のお使いを名乗るお二方がいらっしゃいました」

「え?」


 どの魔王の使いなのか不明だが、待たせてはまずいと応接間に通してあるという客人の元に向かう。


「お待たせしました。サミュエル・シャイトの妻、フランチェスカ・シャイトと申します。魔王様のお使いと聞きましたが、どのような御用事でしょうか?」


 応接間に入ると同時に挨拶をするフランの前に、白と黒の少女がいた。

 フランも魔法をかじった身だ。

 ふたりが強いことはすぐわかった。

 緊張するフランに、メイド服なのかゴスロリ衣装なのか曖昧な服を着た少女が口を開いた。


「魔王遠藤友也様の従者です。あのぼっちの魔王様がパーティーに呼ばれるという緊急事態に、失礼を承知して、勝手ながら衣装を届けさせていただきました」

「パンツ持ってきた!」




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