40「灼熱竜についてです」①




「いやいやいやいや、ありえねえだろ、え? え? なんで?」


 土塗れになった玉兎が、勇ましかった姿から一変して、困惑する様子を見せた。

 そんな父親の姿を見て、拳を握り身構えるメルシー。


「なんで? なんで俺がクソ親父とか言われて蹴りくらってんのに、サムがパパなの!?」

「それはお前が浮気したり、子供と一緒にいないからじゃない?」


 サムの言葉に、竜王たちを含めた全員が、うんうん、と頷いた。


「そ、それはだな!」

「問答無用だ!」


 なにやら言い訳をしようとした玉兎だったが、メルシーは有無を言わさず拳を父親の顔面に叩き込んだ。


「ふべっ」

「このこのこのこのこのこのこのこのこのこのっ!」


 掛け声こそ可愛らしいものだが、メルシーの拳が玉兎の顔面をとらえるたび、ごっ、ごっ、ごっ、と鈍い音を立てている。

 同時に、唇が切れ、鼻からも血を出していた。


「痛いっ! ちょ、やめ、ほんと、痛いっ! ちょっと、お父さんにこの仕打ちはないんじゃないか!?」

「お前なんて親じゃない! 死んじゃえ! おらおら!」


 鈍い打撃音が響き渡るも、次第に水気を帯びた、ぐちゃっ、めちゃっ、という音に変わったのでサムが慌ててメルシーの背後から抱えて引き離す。


「パパ、止めないでよ! あのおっさん殺せない!」

「……クソ親父からおっさんにランクダウンしちゃった。これ、どうするの? というか、よくもまあ、あれだけ硬い玉兎をボッコボッコにできたな」


 娘が相手だから抵抗しなかったという理由もあるだろうが、サムとの戦いで消耗していようが玉兎の肉体の硬さに変化はないはずだ。

 しかし、メルシーの腕は血で赤くこそ染まっているが、傷ついた様子はなかった。

 顔を押さえて悶絶している玉兎を見下ろし、困り顔をしているサムに声がかけられた。


「その子供が強いのは当たり前だ」

「青牙?」

「灼熱竜の娘だぞ。強くないはずがない。まだ子供だが、潜在能力だけなら……悔しいが私など足元にも及ばないと見ればわかる」

「ちょっとまった、どう言うこと?」

「……なにを言っている? 元竜王候補と現竜王候補の娘なのだ。弱いはずがあるまい。しかも、灼熱竜は、玉兎よりも強い竜だったのだぞ」

「――え?」


 サムは耳を疑った。

 青牙の言葉が本当なら、灼熱竜は玉兎よりも強かったことになる。

 だが、サムは戦い勝利した。

 あの時、サムは国を守るために、灼熱竜は囚われた子供を取り戻すために戦ったのだ。

 どちらも本気だった。

 子供を助けようとしている親が、手加減などするはずがない。


「あいつは――立花は、かなり強い竜だった。なあ、サム、不思議に思わなかったか? 一応は竜王の子供で、一応は竜王候補の青牙と青樹をはじめ、竜たちが恐れた――」

「一応と言うな!」

「エヴァンジェリンを怖がるどころか姉と慕っていたのが灼熱竜だぜ?」


 言われて、サムははっとした。

 灼熱竜は、彼女の母がエヴァンジェリンと親しかったから可愛がってもらっていたと言ったが、邪竜と恐れられるエヴァンジェリンを恐れる必要がなかったのだ。

 灼熱竜も、また強い竜であったから。


「うるさい! お前がお母さんを語るな!」

「ふごっ!? ちょ、それは、さすがに……死にそう」


 大の字になって、妻を語ろうとしていた玉兎の股間を、サムに抱えられていたメルシーが足を伸ばして思い切り踏みつけた。

 さすがの玉兎も、股間への一撃は相当ダメージがあったようで、真っ青になって股を押さえている。


「なるほど、つまり灼熱竜には妹力が宿っているのだな」

「これは一度会わないといけないな!」


 ダニエルズ兄妹がなにかを言っているが、追求はしない。話が面倒になるからだ。


「ところで、みんなは知っていたの?」


 サムが尋ねると、


「まあ、そりゃな」


 エヴァンジェリンが頷く。


「当たり前です。僕の情報収集を甘く見ないでください」


 友也も知っていたようだ。


「詳細は知らないが、強い竜がいるくらいなら耳にしていたな」

「私もです」


 ゾーイとダフネは、噂こと聞いていたが、灼熱竜がその噂の竜だとは知らなかったらしい。


「俺も知らなかったですね。そもそも竜は、関わろうと思って関われるもんじゃないですからね」


 ボーウッドも知らないようだ。


「ふむ。つまり、灼熱竜殿も女神エヴァンジェリン様同様に祀るべきであるな。ギュンター、手配を」

「かしこまりました」

「おい、そこ! 余計なことするなよ!」


 新たな企みを繰り広げるクライドとギュンターに、一応だが、サムは釘を差す。


「えっと、そんなに強い竜がどうして?」

「――それは、俺との間にできた子供を産んだからだ」


 股間を押さえ、涙目でプルプルしている玉兎が、真面目な顔をしてサムの疑問に答えた。




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