37「乱入者です」①
サムは、魔王に至ってから初めての戦いが、赤竜玉兎であることに感謝した。
もともと人間でありながら、全力を出す機会が限られていた。
魔王や魔族、そして竜という存在でなければ、サムは全力でぶつかることができなかった。
それでは、強くなる理由も、意味もない。
最強に至りたいと思う。
しかし、最強の果てに孤独になりたくはない。
ただ強くなるだけでは意味がないのだ。
そういう意味では、魔王と玉兎の存在は嬉しかった。
いくらサムが魔王に至ったとはいえ、まるで勝てる気配がない遠藤友也がいる。
サムと嬉々として殴り合う玉兎がいる。
まだまだ世界は広く、最強には程遠い。
――それでいい。それがいい。
玉兎の戦いは楽しかった。
単純に魔王、いや、まだ未熟な魔人となった肉体での殴り合いは心地よささえ感じた。
かつてウルと修行していたころを思い出しだ。
単純な自力はまだ高みに至っていない。
そこで、得意の身体強化魔法だ。
もともと持っていた、恵まれた魔力とウルの魔力、そして、レプシーから引き継いだ魔力は、魔王になったことで綺麗にひとつとなった。
その力を持ってして、玉兎の硬い肉体を殴り飛ばし、確実なダメージを与えることに成功した。
しかし、わかっている。まだ玉兎は力を出し切っていない。
それはまだ力を使いこなせていないサムも同じだが、最も差があったのは経験だろう。
いくら前世があろうと、長い寿命を持ち戦い続けてきた玉兎とでは、雲泥の差がある。
それは認めよう。
認めた上で、今出せる本気で、『――スベテヲキリサクモノ』を使用した。
無論、威力は今までの比ではない。
しかし、結果はわかっていた。
予想通りの結果に、サムは唇を吊り上げた。
「あんた、凄いな! 俺、かなり本気だったんだけど!」
サムの眼前には、腕を十字にして防御体勢を取った玉兎の姿があった。
「俺が斬り裂けなかったのは、あんたが初めてだ」
「よく言うぜ、殺意がなかったじゃねえか。殺すつもりなら、殺せただろ?」
不貞腐れた顔をする玉兎だが、無傷というわけではない。
左肩から斜めに放たれた一閃を受け止めることができてはいるが、交差した腕は右腕が肘から下が斬り落とされ、残った腕も両断寸前まで深い傷を負っている。
さらに、左肩から、胸、右太腿にかけて鋭利に斬り裂かれて、血を止めどなく流していた。
「そりゃ、灼熱竜の旦那さんを殺すことはちょっとね。でも、殺意がなかったのはあんたも同じじゃないか。力を封じたまま戦っていただろ?」
「お。わかるか?」
「前情報があったからね。それでも、俺が想像している以上、力を封じたまま戦っていたようだからーー悔しいなぁ」
「んなことねえさ。成り立ての魔王を殺すくらいの力はあったはずなんだが、サムが俺の想像を上回っていたってだけだな。見てみろ、同じくらいの力で戦って、これだ。どっちが勝ちが言うまでもねえ」
「いや、この戦いに勝ち負けはないよ」
「そっか? まあ、俺もサムの立場なら納得できねえかもしれねえな」
もちろん、納得できるはずがない。
決着をつけるところまで戦えず、不満だ。ストレスが溜まる。
思いっきり力を解放して、暴れまわりたい。
だが、我慢だ。
全力を出して玉兎とぶつかるのなら、それは、すべての力を使えるようになってからじゃないと面白くない。
「再戦を要求するよ!」
サムの言葉に、玉兎が笑った。
「いいぜ、そうじゃなきゃ! サミュエル・シャイト、お前は俺のぶっ飛ばすリストのトップに名を入れておいてやる! 成り立ての魔王とガチでやるのはもったいねぇ、成長してから楽しませてもらうぜ!」
「――待ちたまえ!」
「あん?」
血に塗れ、それでも笑うサムと玉兎の間に、急に無粋な声が割って入った。
言うまでもない。
――変態だ。
「赤竜の玉兎君! 君は、サムを成長してから楽しむと言ったね!」
「お、おう、言ったけど、なんだよ、急に?」
「なんと卑猥な!」
「あ?」
「成長したサムをいやらしく楽しむなんて、僕が許すわけがないだろう! もっと言うと、今のサムも十分すぎるほど楽しめるじゃないかぁあああああああああああああああああああああああ!」
変態の声が草原に木霊した。
もう戦いの余韻とか、胸を踊らせていた感情とか、全部消えてしまった気がした。
玉兎は、何やら戸惑った顔で変態をしばらく見つめると、サムに尋ねた。
「なにこいつ、狂ってんの?」
「はい。超狂ってます!」
サムがいい笑顔で変態を肯定したその時だった。
物凄い速度で、何かが近づいてくるのを察知した。
サムだけではなく、その場にいる一同が空に顔を向けた、次の瞬間。
「このクソ親父ぃいいいいいいいいいいいいいいいいい! 死にさらせぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!」
空から全裸の美少女が降ってきて、玉兎の顔面に見事な蹴りを入れ、そのまま地面に突き刺さった。
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