35「玉兎と戦います」③




「――は?」


 サムに殴り飛ばされた玉兎は、地面に激突するまでのわずかな間に間抜けな声を出した。

 そのまま大地に激突し、地面を割りながら滑っていく。


「……は?」


 地面にめり込み、ようやく止まった玉兎は、ひしゃげた右腕を見て再び間の抜けた声を出す。


「いや、ありえねえだろ。俺のほうが力が上だった……はず」


 先ほどまで、サムと自分では膂力に差があったと確信していた。

 だが、実際はこれだ。

 拳を撃ち合い、負けた。


「なりたての魔王だからって舐めたわけじゃねえ。レプシーの後釜が弱いわけがねえんだ。だけど、俺は勝てると思っていた。いたんだ……最高だろ」


 右腕を超速再生で治すと、土を払って立ち上がり、サムの前まで跳躍した。


「あんた、超速再生持っているのかよ?」

「レプシーの後釜のお前だって持ってるだろ?」

「もってねえし! 俺は、攻撃特化なんだよ!」

「実を言うと、俺は防御型なんだぜ」


 玉兎の強さは、攻撃力ではない。

 生まれ持った頑丈な肉体こそ、玉兎の強さだった。

 その頑丈さは、竜の中でも一番の硬さを誇る。

 利点を活かすために、自らに枷を付け、鍛え続けた結果――頑丈な肉体を生かした戦士となったのだ。


「なんつーか、騙されたぜ。サム、お前……素の力で戦ってたな? 俺をぶっ飛ばしたとき、初めて身体強化しただろ?」

「正解」

「だよな! いいぜ、それだよ! そうじゃなきゃな!」


 玉兎とサムが同時に仕掛けた。

 両者の狙いは同じだった。

 手を伸ばし、掴み合い、力比べだ。


「――っ、このくそ馬鹿力が!」

「そりゃこっちのセリフだぜ、サム!」


 玉兎は出し惜しみも、様子見もやめた。

 それはサムに失礼になると思ったからだ。

 全力で叩き潰す、と決め、肉体にこれでもかと力を込める。

 サムも負けていない。

 玉兎が本気を出しているのに、同じくらいの力を出している。

 サムがどれだけ魔力を使って身体強化しているか不明だが、自分に負けない馬鹿力だ。


「サムぅ! お前は俺が戦ってきた中で、一番の相手だ!」

「それはそれは! ありがとうございますっ!」


 まるで示し合わせたように、ふたりは頭突きを繰り出した。

 鈍い音が響き、地面が揺れた。

 両者の額が割れ、鮮血が舞う。

 しかし、ふたりは気にせず、そのまま、二度、三度、四度、と頭突きを繰り出した。

 目が回りそうなほど衝撃と痛みが襲いかかり、頭がクラクラする。

 だが、玉兎は楽しかった。

 こんなに長い時間戦ったことは初めてだ。

 今まで、相手に合わせて、力を封じても、簡単に勝ててしまう。

 強いと恐れられていた相手が、自分の足下にも及ばないと知りつまらないと何度思ったことか。

 強いはずの魔王たちは相手にしてくれず、竜王も戦いを求めない。

 飢えていた。

 戦いに飢えていた。

 それ以上に、対等に戦える相手に飢えていた。


 ――そして、見つけた。


「サム……俺は頑丈さが取り柄なんだが、それ以上に得意なことがあってな」

「教えてくれるよね?」

「もちろんだぜ。俺の十八番は、強力なブレスだ!」


 本音を言うと、ブレスなどよりも肉弾戦が好きだ。

 一瞬で片がつくこともつまらないが、戦っている実感がなくて好きじゃない。

 だが、サミュエル・シャイトという新しい魔王を前に、手を抜くのは無礼だ。

 なによりも、玉兎は見てみたかった。味わってみたかった。


「俺の一撃を受けてくれるよな?」

「もちろん」

「お前の、斬ることに特化したスキルも見せてくれるな?」

「当たり前だろ?」

「いいぜ、いいぜいいぜ! 俺たちは、今、最高に輝いてるよなぁ!」

「ああ、輝きまくってるぜ!」


 玉兎はサムから距離を取ると、全魔力を喉に集中させた。


「いくぜ、サミュエル・シャイトぉ! ――赤竜の嘆きっ!」


 一筋の真っ赤な閃光がサムに襲いかかる。

 竜の力と炎、魔力、すべてが収束され、増幅された凄まじい一撃だった。


「マジかよ! ビームじゃん!」


 ひとつの街でも余裕で破壊しそうな閃光を前に、嬉しそうに声を上げるサムは、玉兎の望んだ通りに、彼のとっておきを披露してくれた。




「――スベテヲキリサクモノ」




 次の瞬間、自慢のブレスが斬り裂かれ、身が凍るほど鋭い斬撃が玉兎を襲った。




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