32「赤竜玉兎登場です」
赤竜玉兎は、兎のように赤い目をした青年だった。
愛嬌のある笑顔を浮かべて、遠慮なくこちらに寄ってくる姿は竜というよりも人当たりのよい冒険者の兄ちゃんといった感じだ。
しかし、その動きひとつひとつが洗練されており、魔力とか竜とか関係なく、彼が強者であることがわかる。
魔王に至ったことで、今までの数段階強くなった自負があるサムにしても、思わず生唾を飲み込むほどだった。
「よかったな、エヴァンジェリン。兄ちゃんと姉ちゃん、そして母ちゃんといい感じになったのか」
「うっせーよ! つーか、お前、なんで今更現れたんだよ!」
「つれないこというなよ、姉ちゃん」
「その呼び方はやめろ!」
「んだよ、エヴァンジェリンが生まれた力の余波で、この俺が生まれたんだぜ。俺の姉ちゃんみたいなもんだろ!」
緊張するサムの視界の中では、玉兎とエヴァンジェリンが親しげにしている。
彼も数少ないエヴァンジェリンを迫害しない竜だとわかる。
「――っ、まさかエヴァンジェリンがお姉ちゃんだと!?」
「私たちがお姉ちゃん力を見逃していたのかよ!」
「言うと思っていたぜっ、このブラコン兄妹!」
玉兎がエヴァンジェリンを姉と言ったことで、ダニエルズ兄妹が騒ぎ始める。
良くも悪くも玉兎の登場で、やや重ための空気が霧散された気がした。
「へぇ。お前らがダニエルズ兄弟か。レプシーの野郎は、つーか、魔王たちは俺と喧嘩してくれるやつが少なかったからな。なんちゃって魔王は喧嘩売ればすぐに襲いかかってくるのはよかったんだが、くそ弱かったからなぁ。ん、で、だ」
玉兎がサムを見た。
いや、サムだけではない、ギュンターを、クライド陛下を、そしてダフネ、ボーウッドに次々視線を送る。
「意味がわからないほど存在感がある子供、規格外の結界を作る男、勇者の匂いがするおっさん、それに……行方不明だった準魔王と、魔族の伯爵か。ここにゾーイと、魔王遠藤友也、そして俺の姉ちゃんと、竜王とその愉快な子供達って、なにしてるのかと思ったら、まさかの家族問題とかびっくりしたぜ」
はははははっ、と笑う玉兎。
「いやさ、俺も姉ちゃんの竜の里での扱いってムカついてたんだよなぁ。何度も、あのふざけた竜どもをぶっ殺してやろうと思ったんだけど、姉ちゃんがやめろって止めたし、弱い馬鹿を相手のするのは時間の無駄だと思ったから、なーんもしなかったんだけどよ。なんつーか、よかったな姉ちゃん。とりあえず、竜王と青牙、青樹は少しはまともになったらしいじゃない」
「……お前には心配かけちまったな」
「いいっていって、弟が姉ちゃんを心配するなのは当たり前だろ?」
玉兎からはエヴァンジェリンに対する親愛がはっきりと感じ取れた。
それこそ、血を分けた姉弟のようだ。
「うむ! 実にすばらしい弟力の持ち主だ!」
「ああ、エヴァンジェリンもここにきて急にお姉ちゃん力を高めてきたな! さすが魔王だ!」
「ははははははっ! ダニエルズ兄妹が意味わかんねーって本当らしいな。弟力とかわけわかんねー!」
「あれは放っておいていいぞ。意味わからねえのは私たちも同じだからな」
爆笑する玉兎に、エヴァンジェリンもつられて笑った。
「ぶっちゃけ、青牙と青樹にも、竜王にも言いたいことはあるけど、姉ちゃんがよしとしているなら、俺もとやかく言うつもりはねえ。んで、だ。姉ちゃんの件はこれでよしとするとして」
柔和な笑みから、獰猛な笑みへと玉兎の表情が一変した。
玉兎は最初に友也を見たが、続けてサムに視線を向けた。
「んじゃ、さ。――喧嘩しようぜ」
濃厚な魔力をぶつけられて、サムは総毛立った。
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