33「玉兎と戦います」①





「無粋な! 青牙がお兄ちゃん力を得たというのに、邪魔をしようというのか!」

「しかも、サムお兄ちゃんと戦おうなんて! ボコボコにして後悔させてやるよ!」


 サムに喧嘩を売った玉兎に敵意を抱くダニエルズ兄弟だったが、そんなふたりの肩を掴み、止めたのは他ならぬサム自身だった。


「待って待って、せっかく遠くから強い竜が来てくれたんだ――俺が相手をしないと失礼じゃないか」


 直感でわかった。

 玉兎は強い。

 竜王候補とか、竜とか、そういう理由ではなく、玉兎という存在が強いのだ。


(できることなら魔王に至る前に会いたかった)


 人間の身で、全力でぶつかりたかった。

 せめてあと一日、出会うのが早ければと悔やまれる。


(なによりも、こいつ――俺と同類だ)


 友也は戦闘狂と言ったが、違う。そうじゃない。

 玉兎はサムと同じく、強い者と戦うのが好きなのだ。

 自らを鍛え、得た力を、強い相手に存分にぶつけたいのだ。

 戦闘に狂っているわけではない。

 戦いに飢えているわけでもない。

 自分が強くなることが嬉しいのだ。


「さ、サム! はしたないぞ! そんないやらしい顔をして! まさか、初対面の竜を誘っているのかな! 僕の目の前で! 言っておくが僕には寝取られ属性はないからね!」

「うっさい!」

「そして雑な対応っ! ありがとうございます!」


 しばらく静かにしていたと思えば、ここにきてギュンターの我慢が限界を迎えたようだ。

 彼も彼なりに、竜王の家庭事情が想像以上に複雑だったので口を挟めずにいたのかもしれないが、終わればこうだ。


「ぼっちゃま」

「ダフネ?」

「ギュンター様のお言葉ではありませんが、そのようなお顔をみだりになさっては淫らだと思われてしまいますよ」

「俺、どんな顔してたの!?」


 同じく事態を静観していたダフネだったが、彼女もいろいろ限界に達したのかギュンターみたいなことを言う。


「え? もしかして、俺って、そんな変な顔をしてたの?」

「いやいや、兄貴は勇ましい男の面構えでしたぜ」

「ボーウッド」

「ギュンターとダフネがおかしいだけでさぁ」

「ありがとう。ボーウッドだけは普通だと信じていたよ!」

「当たり前でさぁ。相手は、竜王候補です。玉兎の名は俺でも聞いたことがあるといいますか、やばい奴だと聞いています。ご武運を」

「ああ、ありがとう!」

「……よし。これでダニエルズ兄弟に奪われかけていた俺の弟分の立場を」

「うん? なんか言った?」

「いえいえいえいえいえいえ! 兄貴の至った姿を、楽しみにしていますぜ!」


 この場では少ないまともなボーウッドの激励に、拳を握ってサムは応えた。


「サムよ。まだステラたちを安心させていないのだ、気をつけるのだぞ」

「はい、お義父様」


 クライドの心配に返事をする。

 サムも、妻たちとちゃんと再会を果たす目的があるのだ。相手が竜だろうと、負けられない。

 玉兎と睨み合おうとして、ゾーイと目があった。

 彼女は何も言わず、頷いた。サムも彼女に頷き返す。

 そして、サムは玉兎と再び向き合う。


「人気者だな。いいぜ、そういう奴は嫌いじゃない」

「そりゃどうも」

「名前は?」

「サミュエル・シャイト」

「おおっ、お前がレプシーをぶっ殺した人間か。ううん? 確か、その名前は、立花と子供たちによくしてくれた人間の名前と同じなんだがなぁ?」

「灼熱竜とメルシーたちは家族同然の付き合いをさせてもらってるよ」

「やっぱりか! どうりで匂いがすると思ったぜ! サミュエル・シャイト、たしか、サムって呼ばれてたな。サム、俺は恩人を殺すつもりはねえ。安心しろ、ぶっとばすくらいで勘弁してやる」


 フレンドリーに名を呼び、そんなことを言う玉兎に、サムの頬が引きつった。


「言うねぇ。――ぶっ飛ばすだけで勘弁してやるのはこっちだぁああああああああああああああああああああああ!」

「おおおおっ! いい魔力と、いい気力だ! よし、じゃあ! 楽しい喧嘩をしようぜぇえええええええええええええええええええええええ!」


 サムと玉兎は、歯を剥き出しにして笑うと、それぞれ拳を相手の顔面に叩き込んだ。




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