31「兄妹の反応です」②




「別に、私は気にしてねえし」


 エヴァンジェリンが、いつもの勢いがない声音でそう言った。


「あ、嘘。なしなし。気にしてるし、腹も立ってるけど、だからってあんたたちをどうこうしたいわけじゃないってぇの」


 一度は、兄妹に気を使ったのだろうが、エヴァンジェリンは訂正した。

 きっと気遣いでも嘘をつくのは良くないとわかったいたからだろう。


「青牙と青樹だけにムカついていたんじゃない。私は、竜にムカついていたんだよ。だから、もういい」


 一瞬、彼女の言葉を聞き、エヴァンジェリンは家族との関係の修復を望んでいないのだとサムは思った。

 しかし、エヴァンジェリンは続けた。


「私を産んでくれたママのために、どうしてもって言うなら――」

「……私たちを許すと言うのか?」

「ちっげーよ! ビンビン国王の話を聞いてなかったのかよ、青牙? 許すとか、許さないを含めて、これから一緒に暮らすんだろ?」

「――っ」

「私たちは、生まれと、育ち、あと竜ってせいで家族なのに家族じゃなかった。だけど、まだまだ時間はある。なら、これからだろ。んで、仲良くなれないなら、しかたねえ。そういうもんだと思うしかないだろ。でもよ、なにもしないで勝手に結論を出すのは、私の趣味じゃねえし、ママを悲しませる。なら、青牙、青樹、そしてママ、一緒に暮らそう」


 エヴァンジェリンがそう言うも、青牙と青樹がまだ躊躇っていた。


「いいじゃん」


 最後まで見守るつもりだったが、我慢できずサムが口を挟む。


「エヴァンジェリンの言ったように、クライド様が言ったように、あんたたちのこれからは長いんだ。いろいろ試してみろよ」

「――人間」

「サミュエル・シャイトだよ。あとさ、青牙。妹がせっかく歩み寄ってくれたんだからさ、お前も歩み寄る努力をしてみろよ。あんたもだぞ、青樹!」


 サムは青牙の肩をぽん、と叩いた。


「俺もさ、死んでいた母親が生きていたとか、父親だと思っていた人が父親じゃなかったとか、いろいろあったけど、今は楽しく生きいてるよ。だからさ、あんたらも眉間にしわ寄せてないで、もっと笑顔で生きろって」

「……サミュエル・シャイト」

「なにかに困れば飯でも喰いながら話を聞いてやるよ。感情を発散させたいのなら喧嘩に付きやってやる。だから、まずは――一歩を踏み出そうぜ」


 サムの言葉を受けて、青牙は深く頷いた。

 そして、エヴァンジェリンの前に進み、膝をついて頭を下げた。


「お、おい!」

「すまなかった、エヴァンジェリン」

「馬鹿っ、なに土下座してんだよ! 誇り高い竜だろ、やめろって!」

「家族でありながら、お前に嫉妬し、醜いことばかりしてきたことをただただすまないと思う!」


 続いて青樹も、ゾーイの拘束から解放され、エヴァンジェリンに頭を下げた。


「……悪かったわよ」

「お前は、もっとちゃんと謝れ」

「うっさい! ゾーイは引っ込んでろ!」


 兄と違い、素直に謝罪できない青樹にゾーイが嗜めると、彼女は声を荒らげた。

 サムの視界の中で、エヴァンジェリンが笑った。

 彼女の心の内まではわからないが、少なくとも彼女の中で変化があったことは間違いない。

 できることなら、その変化がエヴァンジェリンにとって良い方向へ進みますように、とサムは願わずにいられなかった。


 子供たちに続き、炎樹がなにか言おうとした時だった。



「マジかよ。あり得ない展開を前にして、感動の涙で前が見えねえぜ!」


 パチパチと拍手が響いた。


「うわぁ、このタイミングで来ちゃうんですね」


 友也が嫌そうな声を出す。


「来ちゃうでしょう。このタイミングを逃すなんて、俺らしくねえだろ。竜王、竜、魔王、準魔王、あとよくわからないのが集まって祭りでもしていると思ったら、どうだ。感動劇を繰り広げているから、つい見入ちまったよ!」


 サムが声の主に声を向けると、少し離れたところに鍛えられた肉体を持つ、長身で赤毛の青年がいた。

 髪の色と同じ、赤いジャケットを羽織り、黒い皮ズボンを履いた青年からは、炎樹たちと同じ竜と気配がする。

 なによりも、青牙と青樹はもちろん、準魔王のダニエルズ兄弟をも超える魔力量を有している彼は、間違いなく強い存在だと本能でわかった。


「――誰だ、あんた?」


 おおよその見当はついていたが、サムはあえて聞いた。

 青年は、サムを真っ直ぐ見ると、唇を吊り上げた。


「赤竜――玉兎」




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