17「竜王の理由です」①
ダニエルズ兄妹とクライドが仲良くやっているのを確認したサムは、竜王たちを見守るエヴァンジェリンを挟むように友也と並んだ。
「――ダーリン」
「僕は無視かいエヴァンジェリン?」
「あと、おまけの変態野郎」
「君ねぇ」
サムたちに視線を向けず、家族を見据えるエヴァンジェリンは、なにを思っているのだろうか、と考える。
青牙と青樹の反応を見ると、決して兄弟仲が言い訳ではないだろう。
「私さ、竜の里で居場所がなかったんだよね」
「――エヴァンジェリン?」
「生まれながら呪われた魔力を持つ黒竜で、邪竜と呼ばれてきた。よくしてくれる竜もいたけど、それ以上に恐れられていたんだ」
それはとても悲しいことだった。
「特に、青牙と青樹は私を兄妹と認めなかった。呪われているからって、竜じゃないってさ。ふざけんなって思ったし、何度もぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど、やるだけ無駄だと思ったんだよねー」
「弱者は理解できないものを恐れ、排除しますからね。僕も何度不愉快な目に遭ったことやら」
「いや、お前はスケベなことするからだろ。一緒にすんな」
「一応、僕は君をフォローしているんですけどねぇ!」
顔を引きつらせる友也に、エヴァンジェリンがようやく笑った。
ラッキースケベの化身も、今は空気を読んでいるのかおかしなことをする様子はない。
「さて、どうしたものか。このまま結界に閉じ込めていてもなにも解決しないだろうし」
「そうですね。その気になれば、竜王殿なら容易く結界を割って出てくるでしょう。彼女はさておき、お供の子供たちが、自力で結界を破れずイライラしているようなので、面倒なのはそっちですかね」
「言っておくけど、エヴァンジェリンの家族でもスカイ王国に危害を加えようとするなら――斬り捨てるよ」
「とめねえって。そこまで馬鹿なら、私自ら殺してやるよ」
「――ふざけるな!」
結界に閉じ込められている青牙が怒声を響かせた。
急になにを、と視線を向けると、彼だけではなく青樹までも憤怒の形相でこちらを――いや、エヴァンジェリンを睨み付けている。
「お前程度の邪竜が、呪われた黒竜風情が私たちを殺すだと? 魔王を自称する程度の分際でのぼせ上がるな!」
「……これは驚いた。哀れを通り越して、感心します」
「友也?」
「サム、青牙と青樹はですね、エヴァンジェリンが魔王に至っていることに気づいていないんですよ」
「は?」
嘘だろ、と目を丸くしてしまった。
サムでさえ、初めてエヴァンジェリンを見た瞬間から、魔王だとわかったのに、同じ竜という種族であり、エヴァンジェリンの兄と姉が、彼女が魔王かどうかも気づかなかったとはあり得ない。
「どうやら彼らはエヴァンジェリンを下に見ているようです。違いますね。自分が上だと思い込んでいる。だから、エヴァンジェリンが魔王に至っていることが気づけない。うーん。まさかとは思うけど、実力差がわからないほど、差がある可能性も」
「舐めるな、引きこもりの魔王め! 貴様がどれだけの力を持つか知らぬが、次期竜王候補である私よりも上だと思っているのか! 私はいずれ竜王になるのだ! 魔王など私の足元にも及ばぬ!」
「だから、そう言うならまず変態結界から出てきてください。そうすれば、喧嘩でもなんでもしてあげますから」
「ふざけるな! ならば私たちを結界から出せ! 大方、勝てないからと結界に閉じ込めているのだろうが! この程度の結界などっ!」
「なんというか、結界から出られないくせに、この程度の結界とか言えちゃうのがすごいですよね。これで竜王候補ですよ? 雑魚にも程があるでしょう」
友也がギュンターを振り返り、尋ねる。
「ギュンター君。結界の中の声を遮断することはできますか?」
「無論、可能だ」
「では、お願いします」
「断る!」
「えぇー」
「なぜ僕が、スケベ魔王のいうことを聞かなければならないのだ! 僕の股間をニギニギしたことを許していないぞ!」
「すげぇな、友也。お前、あいつの股間をニギニギしたのかよ」
エヴァンジェリンが友也を恐ろしいものでも見るような目を向けた。
「事故です! ああ、もう、話が進まない。サム!」
「ギュンター、頼むよ」
「任せてくれたまえ、マイハニー! おまけで、声だけじゃなく呼吸できないように空気も遮断してあげよう!」
「いや、それはいいから。とりあえず、声だけで頼むよ」
指を鳴らすと、怒声を張り上げている青牙と青樹の声が消えた。
「ということで、そろそろお話をしましょう――竜王殿」
「つーか、ママってさっきからずっとダーリンのこと見つめてない?」
「うん。実は俺もずっと視線を感じていたんだけど、気づかないフリしていたんだ」
「つまり、サムになにか思うことが――そういえば、翼を斬り落としていましたね。もしかして恨まれているんじゃないんですか?」
「そんなことしてたのかよ!?」
「だよねぇ。怒っているよねー」
サムは、気まずそうな顔をすると、恐る恐る竜王に声をかけた。
「こんにちは。ご無沙汰しています。あの、俺のこと覚えています? もしかして、俺のこと怒っているとかしてます?」
「いや、普通に考えて怒っているでしょう」
「……竜王訪問は俺のせいかぁ」
サムが天を仰いだとき、竜王が動いた。
まるで扉でも開くようにギュンターの結界を容易く破壊したのだ。
「や、やるね、竜王とはいえ僕の全力結界を紙のように……」
冷や汗を流すギュンター。
サムも同じだ。
ギュンターの結界の硬さはよく知っている。
竜王の子供達でも破壊できない結界が、竜王自身ならこうも簡単に壊せるのかと驚くしかない。
竜王の動きひとつが、ある意味暴力の塊に等しく思える。
エヴァンジェリンも友也も、竜王の動きに緊張しているのがわかる。それは、背後に控えているゾーイたちも同じだ。
ボーウッドは、最悪の場合を想定しクライドの前に立ち盾になろうとしている。
誰もが緊張するなら、視線をサムから動かさなかった竜王が静かに口を開いた。
「――会いたかったぞ、サミュエル・シャイト」
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