5「試練です」②




「……いい加減にしてほしいですね」


 魔王遠藤友也は、詰襟をボロボロにしながら、顔や腕に砂をつけ、血を流していた。

 すでにサムが暴走を始めてから三十分。

 時間にしてそう長いものではないが、とある理由で全力を出すことができない友也にとって、すでに魔王級の力を持って大暴れするサムを相手にするのは酷く辛い。


 すでにダニエルズ兄弟はリタイアしている。

 ふたりとも意識こそあるが、動けずにいる。

 ギュンターに至っては、上半身が砂浜に刺さっていた。

 ギャグですか、とツッコミを入れたいが、その余裕がない。

 ただ、見事というべきか、結界術だけは維持されており、おかげでサムがこの場から逃げ出そうとしないのは不幸中の幸いだった。


 この場所は、海に浮かぶ離れ小島であるが、陸地まで飛翔できるサムならそう遠い距離ではないのだ。


「やれやれ……ある意味、新鮮ですよ。ラッキースケベが発動する暇がないほど、僕が追い込まれている。魔王になって初めてだ。こんなことなら、ダグラスやエヴァンジェリンを連れてきて盾にすればよかったと後悔していますよ」


 現在、友也の拘束魔法によって、サムは雁字搦めにされている。

 これは、邪竜としての本性を顕にしたエヴァンジェリンでさえ一定時間拘束することが可能な魔法だ。

 だというのに、拘束してまだ二分ほどだが、すでに魔法に亀裂が入っている。

 もってあと一分か二分程度だろう。


「さて、どうしましょう。変態とブラコンは役立たずなので、僕ひとりが頑張らないといけません。このまま封じていられるのなら歓迎ですが、この状況がどれだけ続くのかもわかりませんし――」


 友也が口を漏らしたとき、


「ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 耳が痛くなるような絶叫と共に、サムが拘束魔法を引きちぎった。

 これには友也の顔も引きつる。


「想定外ですね。現時点でこれだけ強いとか、魔王に至れたらどれだけ強くなるのか」


 すると、サムが消えた。

 背後にわずかな気配を感じると同時に、爪を立てて襲いかかってくる。


「――おっと」


 だが、慌てるほどではない。

 いつ斬り裂かれるのか不安なので、攻撃を受けるようなことはしない。代わりに、攻撃を避ける程度なら、まだ余裕でできる。

 サムの一撃は、砂浜をえぐり爆発させた。


「君はなぜ斬り裂かない? もしかして、今の状態だとスキルが使えないんですか? ならば、興味深い」


 無論、返事があるわけがない。


「拘束が難しいのなら、本意ではないのですが――動けなくなるまで痛めつけさせていただきますね」


 友也が拳を握り、サムに攻撃を仕掛けようとしたその時、彼の雰囲気が変わった。


「サム?」


 嵐のように荒ぶっていた彼の魔力が、静かな湖面のように落ち着きを取り戻したのだ。

 変化はそれだけじゃない。

 牙が抜け落ち、爪も剥がれていく。

 邪悪に笑っていた表情も穏やかなものとなり、――最後に、瞳に光が戻った。


「あ、あれ?」

「お帰りなさい、サム」

「あ、うん、ただいま。ところで――」


 サムは砂浜に突き刺さるギュンターや、倒れ動けないダニエルズ兄妹、そしてボロボロの友也を見て、首を傾げた。


「なにがあったの?」

「君がやったんですけどねぇ」


 やれやれ、と苦笑しつつ友也は大きく息を吐き出した。




 ――これでひとつ目的に近づいた。




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