閑話「試しています」
(――素晴らしい、素晴らしいぞ、サミュエル・シャイト! 素晴らしいお兄ちゃん力だ! お前も感じるだろう、ティナ!)
(うん! やばいくらいのお兄ちゃん力だね! お腹がジンジンしてるよ!)
(……それは本当にお兄ちゃん的な疼きなのか?)
(急にマジになんなよ!)
愛する妹と自分だけに許された、言葉を交わさずに意思疎通を可能とする能力によって、レーム・ダニエルズは喜びに満ちた感情をティナと共有していた。
意思疎通を可能としていても、すべてがそのまま伝わるわけではない。
その時、強く感じている感情を、お互いに伝えることができるのだ。
そして、今、レームとティナの思考はサミュエル・シャイトに夢中だった。
(まだ、レプシー兄さんの力を感じない。――だというのに、この少年は、俺たちの心に亡き兄さんとの思い出を蘇らせてくれる!)
(生まれながらのお兄ちゃんに違いないね!)
(そうだろう! 俺も同感だ! レプシー兄さんに負けず劣らずのお兄ちゃん力と、お兄ちゃん魂を持つと見た!)
(やるじゃん! サミュエル・シャイト!)
かつて、まだ人間だった頃。
ダニエルズ兄妹は、冒険者の夫婦の間に生まれたものの、怪我を理由に引退した母と家計を支えるために男娼となった父に育てられた。
決して裕福な暮らしではなかったが、笑顔が絶えない家族だった。
食べるものに困っても、優しい両親と頼りになる兄がいればよかった。
――しかし、そんな些細な幸せが崩れ落ちた。
父が母を捨てて逃げたのだ。
いや、正確に言うと違う。
上客に見染められて、愛人として買われたのだ。
生活するに困らない額を残してくれたのは、きっと負い目もあったのだろう。もしくは、父を買った客の好意だったのかもしれない。
ダニエルズ兄妹は、その日、父を失い、そして母は夫を失った。
以来、母は苦労しながら働いた。
その後、紆余曲折あり、母は再婚したが、これが実にクズな男だった。
母の見ていないところで、兄を殴り、可愛らしく成長していく妹に不愉快な視線を向けるようになった。
だが、レームたちは母が幸せなら、と耐えた。
そんな生活にも、終わりが訪れた。
義父となった男が死んだ。
母は悲しんだが、かつて父を失ったほどではなかった。
程なくして、兄が大きな仕事を得たと笑顔で報告してくれた。
その日から、暮らしは劇的に変わり、母は治療をして元気な体に、レームとティナは良い服をきて学校に通えるようになった。
すべては兄のおかげだ。
幼い頃からずっと面倒を見てくれていた兄がいたからこそだった。
大きくなったら兄にたくさん恩返しをしよう。
そう兄妹で約束をした。
しかし、数年が経ち異変に気付いた。
兄が老いないのだ。
少年と青年の間から、成長していないのだ。
そして、知った。
兄が――吸血鬼になったのだ、と。
家族を養うために、人を超えた存在になってしまったのだと。
(覚えているか、ティナ! 俺たちはレプシー兄さんに二度と家族のために犠牲にならないようにと誓い合った)
(でも、私たちは肝心なところで役立たずだった!)
(そんな俺たちに、兄さんの力を受け継いだサミュエル・シャイトが現れた!)
(魔王遠藤友也様は殺していいと言ったけど、そうじゃない)
(ああ、そうだ! 俺たちは、レプシー兄さんの残したものを見極める! 無論、サミュエル・シャイトが兄さんの力に相応しくなければ殺すが、そうでなければ導こう!)
(はるか高みにある――)
(――お兄ちゃんへ!)
少年の力は想像以上だった。
だが、まだだ。
まだ魅せられるだろう。
もっと本気を出せるはずだ。
その確信を得て、ダニエルズ兄妹は、自分たちに許された能力を使用する。
すべては、サミュエル・シャイトの力を試すために。
(――サミュエル・シャイト、お前をお兄ちゃんにしてやろう!)
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