68「お試しの時間です」②




「お前はなかなかいいお兄ちゃんの素質を持っている! だが、この程度では最高のお兄ちゃんであるレプシー兄さんと同じ高みには至れない!」

「最高のお兄ちゃんにはまだまだだよ!」


 相変わらず「魔王」と「お兄ちゃん」を同列に語るダニエルズ兄弟に頭が痛くなるが、言っていることは間違っていない。

 まだ追い込まれていない。

 まだ殻を破るほどではない。


 なによりも――まだ本気じゃない。


「あんたらには感謝しているぜ! ようやく、ようやく俺の全力をぶつけることができる! 死んでも恨むなよ!」

「それはこちらの台詞だ! お兄ちゃんに至れずとも、こちらを恨むなよ!」

「お兄ちゃんになれないなら死んじまえ!」


 サムとダニエルズ兄妹が砂浜を同時に蹴った。

 地を這うように疾走するサム。

 限界まで身体能力を強化しているのだが、いつもよりも身体が軽い。

 だが、それよりも早くダニエルズ兄妹が動く。


「遅いぞ、サミュエル・シャイト! まだまだその速度ではお兄ちゃんにはなれない!」

「人間にしては早いけどね!」


 左右から同時に声がし、風を切る音が耳に届いた。

 サムは意識せずとも、迫りくるふたりの拳に自然と対応すべく魔力をいっきに解き放ち、ふたりを吹き飛ばす。


「行くよ――術式ウルリーケ・シャイト・ウォーカー解放!」


 サムを中心に緋色の魔力が爆発した。

 かつて剣聖雨宮蔵人と戦ったときよりも、倍以上の魔力が解き放たれサムの身体中に魔力と力を与えてくれる。

 サムの髪こそ、赤くなったが、今回は肉体の変化が起きなかった。

 どこかで「ちくしょう!」と変態が叫んだ気がするが、放置する。

 今回は、前回の無理やりウルの魔力を解放したのではなく、サムとウルの融合したひとつになった魔力が完全解放された形だった。

 つまり、今までの比ではない魔力の恩恵を手に入れることとなる。


「いい魔力だ! サミュエル・シャイト! お前は準お兄ちゃんクラスになったぞ!」

「だけど、まだまだ私たちのほうが上だね!」


 ダニエルズ兄妹の闘争本能も刺激されたのか、犬歯を剥き出しにして襲いかかってくる。

 鋭い爪を伸ばし、腕を振るうのは兄のレーム。

 サムは、緋色の魔力障壁で彼の一撃を受け止めると、人差し指を彼に向けた。


「――斬り裂け」


 赤い閃光がレームの胸を一閃し、両断する。

 吐血しながらも、レームの肉体はすぐに再生した。


「兄さん! よくも!」


 再生のせいで一瞬動きを止めたレームを蹴り飛ばすと、その間に肉薄していたティナが腕を刃に変化させていた。

 突き出される刃がサムを貫こうとするが、


「――斬り裂け」


 再び、閃光が放たれ、彼女の腕を斬り落とした。


「そんな」


 驚きに目を見開いているティナに向かい、サムは再び魔力を放った。


「――斬り裂け」


 赤い閃光が複数回煌くと、ティナの腕が、足が、胴体が、次々に斬られていく。


「見事だ!」


 吹き飛ばしていたはずのレームが、ものすごい速度でサムに突進する。

 赤い閃光で何度も斬り裂くも、すぐに再生してしまう。


「厄介な再生能力だな」

「はははははは! 人間が吸血鬼に転化する際、稀にだが能力を目覚めさせることがある! 吸血鬼はもともと再生能力に長けた種族だが、俺はさらに優れた超速再生を持っているのだ! そして、魔力が枯渇しない限り、何度でも再生して見せる!」

「なら、再生できなくなるまで斬り裂き続けてやるよ!」

「やってみろ! そうすればお前をお兄ちゃんと呼んでやる!」

「私も忘れるなよ!」


 砂埃を上げて押されているサムの背後に、再生したティナが回り込んだ。


「私の能力は肉体を変形させることさ!」

「ティナの肉体は武器であり防具である! 本来なら、そう易々と斬り裂けないのだが、お前のスキルの前では紙切れのようだな!」

「お兄ちゃんポイントが高いぞ!」


 兄妹が揃って魔力を単純な攻撃として解き放った。

 障壁でダメージこそなかったが、数メートルほど吹き飛ばされてしまい、砂浜を転がっていく。


「このままではいずれ俺たちがジリ貧になるだろう!」

「それだとお前の進化はない!」

「ならば、お前がそうしたように、俺たちもとっておきを見せてやる!」

「私たち、兄妹だけに許された――」

「――融合能力だ!」

「なんだって?」


 サムが受け身をとって即座に顔を上げたとき、ダニエルズ兄妹はお互いの手と手を取り合っていた。


「何をするつもりだ?」


 嫌な予感がした。

 サムはすかさずふたりを斬り裂こうとするのだが、



「――レーム・ダニエルズ」

「――ティナ・ダニエルズ」



 それよりも早く、ふたりから解き放たれた魔力の渦に兄妹が飲み込まれた。



『――融合』



 レームとティナ、どちらのものにも聞こえる声が響き、魔力の渦が収まると、


「おいおい、これ以上俺をワクワクさせるんじゃねえよ、ブラコンども」


『それ』は現れた。

 人型でありながら、異形だった。

 全身漆黒の体毛に覆われた細身の引き締まった肉体。

 背中から一対の蝙蝠を連想させる翼が生え。

 鋭い牙が並ぶ口は、耳まで裂けていた。



 ――そう。かつて、サムたちの前に現れた魔王レプシー・ダニエルズにあまりにも似すぎていた。





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