69「本気の全力です」①




「魔力が跳ね上がりやがった。おいおい、これはもう魔王でいいんじゃねえか?」

『サミュエル・シャイト、お前はまだ本当の魔王を知らない。お前が戦ったレプシー兄さんが、魔王として不完全だったことは承知しているはずだ』

「ああ、あんたたちの今の力は、あのときのレプシーよりも上だろ」

『私たちはレプシー兄さんに追いつくため、並ぶため、努力した。その結果手に入れたのが、今の力だ。しかし、レプシー兄さんの全盛期の力の二割程度でしかない!』

「……どれだけ規格外なんだよ、レプシー」


 魔王っていうのは、どいつもこいつも恐ろしい。


『お前には謝罪しなければならない』

「謝罪? なんで?」

『俺たちの役目は、お前を殺すか、魔王に至らせるかだというのに、まだ全力を出させてさえいない』

「……そっか。うん。わかるんだ?」

『もちろんだ! お前から感じ取れるお兄ちゃん力を最高の弟であり妹である俺たちがわからないはずがない!』

「はい、また変な単語出てきたー!」


 出し惜しみするつもりなんてなかった。

 本気で戦っていた。

 だが、まだ全力には一歩届いていなかった。


 サムは怖かったのだ。

 少々ブラコンを拗らせているがダニエルズ兄妹が嫌いじゃなかった。

 だから殺したくなかった。


 何よりも、初めて全力を出すことで自分がどうにかなってしまうのではないかと言う恐怖と不安が大きかった。


「だけど、もう全力出すしかないか。今の俺じゃ、あんたたちに逆立ちしても勝てそうもないもんな」

『お前の全力を見せてみろ! お前が俺たちのお兄ちゃんになりたいのなら、すべてを晒しだすのだ!』

「いや、お兄ちゃんには別に」


 まあいいや、と言葉を途中で止めた。

 きっといい機会なんだと思う。

 魔王に至るか死ぬかの瀬戸際で、本当に意味での全力を出すことになるのは、きっと運命なんだろう。

 その相手が、かつて相対した弱体化していたとはいえ魔王レプシーを超えているのなら、安心して戦える。


 サムは、昂っている魔力を一度抑え込み、術式を解いた。

 緋色の魔力が収まり、髪の色も黒くなる。


「実を言うとさ、恥ずかしながら俺の全力は未完成なんだよ。だから、ちょっと怖いし、どうなるかわからない未知数なものがある」

『それは楽しみだ』

「あんたは自慢していいぜ、この力を見せるのは、ウル以外初めてだ!」

『いいぞ! 家族になるのなら遠慮はいらない! お兄ちゃんポイントをさらに配ろう! もう少しでお前は私たちのお兄ちゃんになる!』

「それはいいんだけどなぁ」


 ある意味、これだけブレない奴も珍しい、と感心するが、ある意味まるでブレない奴にひとり心当たりがあった。


(そういえば、ギュンターが静かだな)


 ちょっとした疑問とともに、ちらり、と魔王と一緒に観戦しているであろうギュンターを見てみると、目があった。

 彼は、ばちんっ、とウインクをしてくる。

 実に不快だ。

 ちょっと、気力が低下した。


「あー、ごほん。では気を取り直して、行くよ。レーム・ダニエルズ、ティナ・ダニエルズ!」

『来い、サミュエル・シャイト! ついでに教えておこう、俺たちのこの姿は最高の兄妹モードだ!』

「あのさ、あんたたちまで気が抜けそうなこと言うなよ!」


 笑った。

 サムは笑った。

 これでいい。

 殺伐とした雰囲気は嫌いだ。

 よく思えば、純粋に戦いを楽しんだのは、ウルを一度失って以来かもしれない。


「できることなら、この瞬間をウルに見せたかったなぁ」


 一度だけ、全力を見せたが戦ったわけではない。

 奇跡的に再会できたウルには、戦う力がほぼなかったからだ。

 それだけが惜しまれる。

 弟子として、ちゃんと師匠を超えたかった。


「見ていてくれ、ウル。術式――斬り裂く者」


 サムが短い術式を口にした刹那、サムの魔力が全て消えた。




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