47「さすがに予想外でした」①
「やあ、ギュンター。相変わらず気持ちが悪いね」
「君こそ、背丈こそ大きくなったが、気が弱そうなのは相変わらずだね」
睨み合うふたり。
サムが首を傾げる。
幼なじみの割には、態度がおかしい。
「えっと、幼なじみで、仲がいいのでは?」
サムの疑問に答えたのはギュン子だった。
「まさか! 幼なじみなのは否定しないが、僕と彼は相容れないのだよ!」
「同感だね。僕も性別を変えるような変態と仲良くするつもりはない」
「かつて熟女と結婚するのが嫌だからと逃げ出した君には、僕のサムへの崇高な愛ゆえの進化も理解できないだろうね!」
「はっきりいって理解する必要がない。したくもない」
いちいち言葉を発するたびに、ポーズを決めるギュンターに対して、ジャスパーは淡々と言葉を発していた。
幼なじみゆえに言いたいことが言い合える仲に思えた。
「だいたい第一婦人などと宣っているが、彼の第一婦人はリーゼロッテ殿だろう」
「……まあ、世間ではそう言うことになっているらしいね」
「君の中以外はリーゼロッテ殿が第一婦人なんだがね。続いて、ステラ王女殿下、花蓮殿、アリシア殿、水樹殿、そしてフランチェスカ殿がいるというのに、どこに君の入る余地が?」
ですよねー、とサムが頷く。
ギュンターはいい友人であるが、嫁ではない。
まさか女体化するとは思わなかったが、そういう問題ではないのだ。
しかし、ここで諦めないのがギュンター・イグナーツという人間だ。
「ふっ、いつでも僕はサムの心の第一婦人なのさ!」
「意味がわからん。なぜ君がウルリーケを差し置いて彼の心の中で一番になるのか理解に苦しむよ?」
「ああ言えばこう言うじゃないか! そろそろ僕たちも決着をつけようか?」
「遠慮しておこう。労力の無駄だ」
ウルとギュンターの幼なじみなので、さぞかし癖のある人間だと勝手に考えていたが、ジャスパー・グレンはまともな人のようだった。
サムは心から安堵すると同時に、よくギュンターの影響を受けなかったものだと感心した。
「ふっ、僕に敵わないと理解しているところは称賛しよう」
(……なんだろう、ギュンターから小物感しかしないんだけど)
次期公爵家当主、宮廷魔法使いであり、国一番の結界術師。その実力は魔王レプシーの墓守だった王家さえ信頼したほどだ。
これで普段の言動がなければ、サムももっと尊敬できるのだが、残念でしかない。
「サミュエル君、いや、サムと呼ばせてもらおうかな」
「ぼ、僕に許可なく失礼な!」
「もちろんです」
「サムぅ!?」
ちょこちょこ割って入ろうとするギュン子を無視して、サムはジャスパーに頷いた。
サムとしても、結婚はさておき、祖母の生家であるグレン侯爵家とは親しくしたい。
「今日は変態が邪魔をするので、日を改めてまたお会いしたい」
「そうですね。ご都合の良い日をお伝えくださればお伺いします」
「ありがとう。その際はぜひ妹を紹介したい」
「あ、あははは、それはまた違う機会に」
「そうだね。今は、無理強いしないでおこう。君に警戒されてしまうのは僕も好まないからね」
ジャスパーは椅子から立ち上がると、サムに笑顔を向け「では、また」と挨拶すると、ギュン子の肩を軽く叩いた。
「ところで、先ほどから君の可愛い奥方がそれはそれは素敵な笑顔でこちらを見つめているのだが、対処しなくていいのかな?」
そう言い残し、ジャスパーは意地の悪い顔をして去っていった。
実を言うと、先ほどからサムもこちらをずーっと笑顔で見つめているクリーに気付いていたのだが、怖いので見て見ぬふりをしていたのだ。
「あー、そういえば舞台の打ち合わせが」
「逃げんな」
逃げようとするギュン子にサムが呆れた声を出すと、彼女は恐る恐る背後を振り返った。
「――ギュンター様」
ギュン子と同じく水色のドレスに身を包んだクリーは、とてもかわいらしいはずなのだが、威圧感がある笑顔のせいで、まず怖いと感じてしまう。
「やあ、クリー。僕のことはギュン子と呼んでほしいな」
「そんなことはどうでもいいのです」
「はい、すみません」
「相変わらず弱いなー」
いい大人が十二歳の少女に怯える姿はなんともなさけない。
そして、クリーの背後から、またギュンターがやらかしたことに気づき、この後の展開を期待する貴族たちが、ワクワクした目で見てくるのが、なんというかスカイ王国だった。
ジャスパー・グレンというまともな人と久しぶりに会ったこともあり、良くも悪くも癖の強いスカイ王国の人間に、サムは辟易した。
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