48「さすがに予想外でした」②
「さて、ギュンター様」
「は、はひ」
ニコニコと笑みを浮かべているクリーをよく見ると、目が笑っていない。
これは本気で怒っているな、とサムは察し、ギュン子から距離を取る。
「サム様が外交で国を空けて以来、お寂しいかと思ったのでいろいろ見逃してきましたが……さすがにそろそろ限界ですわ」
「なにしたの、ギュンター?」
「わからない! ま、待ちたまえ、話し合えばわかる。そうだろう?」
「わたくしもまだまだギュンター様を甘く見ていましたわ。まさか、王宮の一室を勝手に占領し、サム様と初夜を過ごす計画を立てていたとは」
「……おい、ギュンター! お前、ぶっ飛ばすぞ!」
とんでもない計画を立てていたギュン子に、さすがのサムもびっくりだ。
クリーが事前に突き止めてくれたことを感謝するしかない。
「ば、馬鹿な! あの部屋には僕の部下たちが」
「性別を変えた男女が厳重に守っていらっしゃいました。というか、隠すつもりがあるのでしたら、あれほど人を集めたら駄目なのではないでしょうか?」
「しまったぁああああああああああああああ!」
(こいつ、馬鹿だろ?)
前々からわかっていたことではあるが、ギュン子は有能な割にどこか抜けているようだ。
「というわけで――お仕置きです」
にたり、とホラー映画に出てくる怨霊よろしく怖い笑顔を浮かべてたクリーだが、ギュン子は及び腰になりながらも虚勢張って見せた。
「はっ! 今までの僕ならば、ここで君に敗北していただろう! しかし、見たまえ! 現在、僕は女性だ! 君と同じね!」
「もちろん、そうおっしゃることは想定済みでした。ですので――」
クリーはギュン子にだけ見えるように、ドレスをめくった。
次の瞬間、なにかを見せられたギュン子は顔を真っ青にして呟いた。
「――す、すごく、大きいです」
「なにが!?」
サムだけではなく、観客たちもどよめく。
ギュン子はいったいなにを見たのだろう。
よほど恐ろしいものを見たのだろう。カチカチと歯をならし、身体を小刻みに震わすギュン子に、クリーは自慢するように告げた。
「――生やしていただきました」
彼女の言葉の意味を、サムはすぐに理解することはできなかった。
だが、ギュン子の視線がどこに向いているのか、そもそもなぜスカートをめくる必要があったのかを考えると、おのずと答えは導かれた。
「うっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
そして、大絶叫。
まさか夫が女体化したからといって、生やす妻がいるとは思わなかった。
「エヴァンジェリン様にご相談しましたら、快く祝福を授けてくださいましたわ」
「いやいや、それは祝福じゃないでしょう! つーか、エヴァンジェリンもなんてことしてんのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
サムの絶叫に、この騒ぎを気にせず我関せずとリーゼたちと一緒にいるエヴァンジェリンは、こちらを振り向くと、ぐっ、と親指を立てた。
心なしか、いい仕事をしたとばかりにドヤ顔だ。
さすがにリーゼたちもこの出来事には驚き、目を丸くしていた。
「あ、あの、クリーさん、そんなことしてお腹の子に影響は?」
「サム様、ご心配くださりありがとうございます。ですが、問題ございません。あくまでも生やしていただいただけですわ。そうですね、わかりやすく言いますと、剣を装備したくらいの感覚です」
「絶対違うと思う!」
母体に問題ないのなら、まあいい、とこの後の展開を十分に想像できたサムは、未だ怯えて動けないギュン子からさらに距離を取った。
「ふふふ。ギュンター様が女性になったときはさすがのわたくしも少々驚きましたが、これはある意味運命でした! そう! 幼い頃から一途にギュンター様をお慕いしていたわたくしへのご褒美ですわ! 正直、ギュンター様を組み伏せるのも快感でしたが、もっと素敵なことができるではありませんか!」
(知っていたけど、この子も大概おかしいよなぁ)
にちゃぁ、と裂けんばかりに唇を吊り上げたクリーは、正直魔王よりも怖かった。
「ぼ、僕になにをするつもりだ!?」
なんとか声を絞り出したギュン子に、恐ろしい笑みを消し、今度は恥じらう少女のように頬を林檎のように赤く染めて微笑んだ。
刹那、再び邪悪に笑った。
「――孕ませてさしあげますわ!」
ギュン子はもちろん、サムも観客たちも驚いた。
まさかそんなことができるのか、と。
やはり興味なさげにデザートを食べているエヴァンジェリンを見ると、彼女はまたしても親指を、ぐっ、と立てた。
生やしただけではなく、男性としても機能しているらしい。
「ギュンター様の初めてをすべていただくことができるなんて、わたくし……わたくし、考えただけでどうにかなってしまいますわぁあああああああああぁああああああああああああ!」
ギュン子は逃げ出そうとした。
しかし、恐怖のせいかうまく動けず、その場に転んでしまう。
スカートを正したクリーが指をぱちん、と鳴らすと、数名の男女が現れ、ギュン子を担ぐ。
「ま、待ちたまえ、君たちは僕の部下だろう? なぜママの言うことを聞く!?」
「私たちはクリー様に忠誠を誓っております!」
「この数時間の間になにがあったのかなぁあああああああああああああ!?」
ギュン子が助けを求めるように周囲を見渡すも、誰もが関わりたくないと言わんばかりに視線を逸らした。
「サム!」
「お幸せに!」
「そんな馬鹿なぁあああああああああああああああああああああああああ!」
サムにできたことは、知ったことではないと笑顔で送り出すだけだった。
「可愛がってあげますわ、ギュンター様! いえ、ギュン子様!」
「は、話し合おう! さすがに無理だ! あんなに大きいの――壊れちゃうぅううううううううううううううううううううう!」
悲鳴を上げるギュン子だが、抵抗虚しく連れて行かれてしまった。
これから行われることを想像し、サムはギュン子のために十字を切った。
せめてこのくらいはしてあげよう。
「それでは、皆様、お騒がせ致しました。引き続き、パーティーをお楽しみくださいませ」
今までの恐ろしさを消し、礼儀正しく礼をして会場を出ていくクリー。
しばらくの静寂が会場を包んだ。
すると、
「――うむ! 見事なビンビンである!」
と、なぜかクライドが絶賛し、貴族たちが拍手をはじめた。
中には涙さえ流す者までいる。
クリーの凶行を誤魔化そうとしているのか、それとも本気で感動しているのかサムにはわからなかったし、わかりたくもなかった。
「なあ、サム」
「ゾーイ?」
いつの間にか、隣に立っていたゾーイが震えながら言う。
「あの娘なら、真なる魔王を名乗る魔族たちでさえ勝てない気がするのだが」
「かもねー」
「スカイ王国って怖い国だな」
「そだね」
眉を寄せてそんなことを呟くゾーイに、サムは投げやりに返事をすることしかできなかった。
◆
翌日、身体中を充実させ艶々したクリーと、そんな彼女と腕を組み絶望に包まれたギュン子が見かけられたのだが、ふたりになにがあったのか追求しようとした者は誰一人としていなかった。
後に、この日の出来事は、イグナーツ公爵家の子孫によって舞台の演目に加わるのだった。
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