42「その頃、ゾーイさんは」②




「――いろいろ失礼した。私は、ゾーイ・ストックウェル。魔王ヴィヴィアン・クラクストンズ様の騎士だ」


 冷静さを取り戻したゾーイは、ジョンストン一家に挨拶をした。

 思えば、見目麗しく、性格も気持ちのよい人たちだ。

 混乱する理由も、怯える理由もない。

 視覚的にダメージを与えてくるキャサリンは、客人を前にいつまでも戦闘服という名の魔法少女の格好では失礼だということで、着替えに行った。

 ゾーイは、内心、どんな格好をしてくるのか怖い。


「魔王様の騎士殿をお招きすることができて光栄です。さあ、どうぞ屋敷の中に。ささやかながらお食事を用意させていただきました」

「突然の訪問なのに申し訳ない」

「いいえ、そんなお気になさらず。夫の友人はいつでも大歓迎です」


 レオノールが微笑を浮かべる。


「いろいろお話を聞かせてくださいませ!」


 娘たちも、初めての魔族であるゾーイに興味津々だ。

 あまり魔族の住まう土地以外で人間と接触したことのないゾーイは、想像以上に友好的なジョンストン一家に戸惑いを覚える。


(思い返せば、キャサリンも私に恐怖や嫌悪などを持っていなかったな。子供扱いには少々不満を覚えるが……こうして人間と交流を持つのも久しいことだ)


 かつて人間だったゾーイは、人間の嫌なところばかりを見て育った。

 そして、自分を救い家族だと言ってくれた魔王レプシーと妻子を奪ったのもまた人間だった。

 そのせいで人間が嫌いだった。

 憎んでいると言っても過言ではない。

 しかし、不思議なもので、久しぶりに会う人間たちは癖の強さにこそ辟易するが、かつて感じた嫌なものがない。

 ゾーイは、自分の中でなにか変化したのか、それともスカイ王国の人間たちが変なのかわからず、苦笑した。


 しばらく屋敷の中を歩くと、廊下の壁に魔法少女の衣装がガラスケースに入って飾られているのが見えた。


「――お、おう」


 思わず、変な声が出てしまうゾーイに、レオノールが説明してくれた。


「こちらは、歴代魔法少女の戦闘衣装です」

「……うむ。なんというか、とてもふりふりしていて可愛らしいな。色も鮮やかなものばかりで。確か、初代当主以外は男だったと聞いているが?」

「はい。初代様以降は、屈強な男性だったそうです」


 誇らしいと言わんばかりのレオノールの言葉を受け、ゾーイの脳裏には屈強なおっさんたちが魔法少女の衣装を身につけた姿で咲き乱れた。


「――おえ」


 そしてこみ上げてくる吐き気。


「ゾーイ様?」

「あ、いや、なんでもない。続けてくれ」


 いかんいかん、と首を振る。

 姿形が受け入れられずとも、ご家族の前で拒絶反応を示すのは申し訳ないと反省する。


(スカイ王国の人間というか、ジョンストン一族は凄まじいな。これを受け入れることができるとか、器が大きすぎるだろう)


 きっとこの場にいるサムがいたら「いやいや器じゃなくて変態なだけでしょ! つーか全員が全員受け入れるわけじゃない……と、信じたいなぁ」と突っ込みを入れるだろうが、現在は不在だ。


「すでにご存知と思いますが、夫キャサリンまで、代々ジョンストン一族は魔法に優れた者を魔法少女に任命し、受け継がれてきました。歴代魔法少女全員が宮廷魔法少女に選ばれる実力を持ち、長年国に貢献してきました」

「恐ろしい一族だな。――聞けば、キャサリンの後継者はご息女のどなたかだとか」

「長女のフェリシーか、次女のイヴェットのどちらかがなるでしょう。ふたりとも父に負けない魔法の使い手です。三女のジーラも魔法が使えますが、本人が騎士であることに誇りを持っているので、強制するつもりは私も夫もありません。親バカだと笑ってください」


 娘たちが照れている様子がわかった。

 長女フェリシー、次女イヴェットは、母に真っ直ぐ褒められたことが嬉しそうで、三女ジーラも騎士として認められていることが分かったのかくすぐったそうだった。


「うむ、そんなことはない。いいと思うぞ! 魔法少女……年齢的には少々、少女ではないかもしれないが、些細な問題だ! どちらのご息女でも立派な魔法使いになるだろう!」


 多少の無理はあるかもしれないが、父親よりもよほど目と心に優しい魔法少女になってくれるに違いない、とゾーイは確信する。


「ゾーイ様にそう言っていただけると嬉しく思います。さ、こちらです。どうぞ」


 娘たちを褒められて笑顔を浮かべるレオノールが扉を開け、ゾーイは応接室に通された。




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