43「その頃、ゾーイさんは」③




「お待たせしちゃったわね、ゾーイちゃん。ごめんなさいねぇ」


 ゾーイたちが談笑しながらお茶を飲み、クッキーを摘んでいると、魔法少女の姿から、半袖のシャツと半ズボン、そして釣りベルトと蝶ネクタイを装備したキャサリンが現れた。


「――――?」


 まず己の目を疑ったゾーイは、ごしごし、と目を擦るも、屈強な肉体を持つおっさんが少年のような洋服に身を包んでいる現実が変わらないことを確認した。

 続いて、拳を握りしめて魔力を込めて自らの頬を殴打する。

 ごっ、と音が響き、衝撃が走った、が、なも変化が起きない。


(――認めるしかないようだな)


 ゾーイの奇行に驚き、目を丸くしているジョンストン一家の視線に気づき、大きく咳払いをすると、キャサリンに声をかけた。


「魔法少女の格好ではないのだな」

「あらやーだ。もしかして、お姉さんが年がら年中魔法少女していると思っていたのかしらぁ」

「その通りだが?」

「魔法少女の衣装はあくまでも戦闘用であり、礼服よ。家にいるときくらいのんびりした格好をするわよぉ」


 魔法少女の衣装が戦闘用であることは百歩譲ることができたとしても、礼服としては認められたくない。

 魔王ヴィヴィアンが器が大きすぎたので問題にはならなかったが、あんな格好で外交をしようなどとしたら、宣戦布告だと取られる可能性がある。

 実際、キャサリンの出立は夜の国でもちょっと話題になっていた。


「口調はそのままなのだな。まあ、目に毒ではないのだが、違和感がすごいな!」


 出会った頃から先ほどまでずっと魔法少女の姿だったので、少年の姿をしていることに違和感しかない。

 そんなゾーイにフェリシーが笑った。


「ふふふ。みんなお父様の魔法少女を見慣れているので、私服姿だとゾーイ様のように驚きますわ」

「私としては、まるで少年のような半ズボン姿が地味にイラッとするのだがな!」

「我が家では、当主は戦闘服と礼服として魔法少女姿を、普段は男の子の格好をするのがしきたりなのです」

「嫌なことは嫌だと言ってもいいと思うぞ!」


 どんなしきたりだっ、とゾーイは叫ばずにはいられなかった。


「初代様のお考えよ。勇者様から、異世界の作法だと教わったそうよ」

「またあいつか! 本当に碌なこと教えないな! とういうか、異世界にそんな作法が本当にあるのかどうかさえ疑問だぞ!」

「もう、ゾーイちゃったら! 勇者様にそんなことを言ったら、めっ、よ!」

「――おえ」


 かつて勇者を遠巻きから見たことのあるゾーイは、あの時に亡き者にしておけばよかったと心底後悔する。

 間違いなくこの国は、スカイ王国建国の勇者月白龍太郎の悪影響を受けすぎている。

 ミリアム・ジョンストンを祖とするジョンストン家など最もだ。

 スカイ王国国王もビンビンビンビンと喧しい奴だったし、ひとりの異世界人の影響が出過ぎだ、と頭が痛くなる。

 そんな勇者が、尊敬する魔王レプシーを倒し、封印したことが嘆かわしい。


「ところで、ゾーイちゃん」

「なんだ?」

「実はね、お友達のゾーイちゃんにお願いがあるの」

「……今、信じられない単語が飛んできたが、まあいい、言ってみろ」

「ゾーイちゃんは初代様のお顔をご存知よね?」


 尋ねられて頷いだ。

 勇者と一緒に行動していた人間の顔はすべてではないが、把握している。


「戦ったことや、言葉を交わしたことはないが、顔くらいなら覚えているぞ。それがどうしたのだ?」

「まあ! 初代様のお顔を覚えているゾーイちゃんに初代様のお顔を描いてほしいの!」

「うん?」

「以前は肖像画があったそうなのだけど、火事で燃えてしまってね。ご衣装こそ死守したのだけど、肖像画まで守れなかったのよ」


 内心、守る順番を間違えたのではないか、と思ったのだが、キャサリンをはじめジョンストン家の全員が悲しげな顔をしていたのでぐっと言葉にするのを堪える。


「そういうことか……しかし、私は絵心がないのだが」

「あら? ヴィヴィアン様が、ゾーイちゃんが趣味で絵を描いているって教えてくださったのだけど」

「――ヴィヴィアン様!? ……こっそり嗜んでいた趣味がバレていたとは!」

「いいでしょう。親友じゃない」

「おい、やめろ、なんで関係が強まっているんだ! ……はぁ、まあいいだろう。ただし、下手でも文句言うなよ!」


 やや口調を強めにしたゾーイだが、実を言うと口元がニヤついてしまうのを必死で堪えていた。

 数少ない趣味のひとつである絵を描くことだが、それこそもう数百年嗜んでいる。

 天才と呼ばれる人間の画家の作品も数々目にしたことはあるが、才能では勝てないが、長年培った技術があれば勝ることはできずとも、負けないものを描くことができるのではないかと考えていた。

 実際、隠している趣味ではあったが、それなりの絵をかけることを自負しているゾーイにとって、ジョンストン家のためとはいえ自分の描いた絵を披露するのはちょっと嬉しかったりする。

 心中では、腐っても貴族のキャサリンに絵を褒められ、画家として名を残してしまったらどうしよう、などと心配しているあたり、大した自信である。


「やーねー。そんな失礼なこと大親友にはしないわよ!」

「また格上げされたぞ!」

「お礼と言ってはなんだけどぉ、ゾーイちゃんのために魔法少女の衣装を用意させていただくわね!」

「やめて!」








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