35「竜王が動くそうです」①
大陸最北部に存在する、雪と氷に覆われた渓谷がある。
この辺り周辺は、人間はもちろん魔族が生活するには適しておらず、今まで誰かの生活圏になったことはない。
なんとか人の住める範囲まで南下すると、ひとつの国が存在しているが、その国であっても北部を目指して領土を広げようとしないほど、寒く厳しい土地だった。
しかし、希少な鉱石とモンスターがいることもあり、冒険者などが一攫千金を狙って訪れることがある。
だが、その九割が寒さにやられてしまう。残りの一割でさえ、満足に体を動かすことができずにモンスターの餌になることが多い。
そんな過酷な氷の大地の奥に、ひっそりと竜たちが暮らす集落があった。
外界は一年中雪に覆われているというのに、集落は魔力による結界のおかげで一年を通じて暖かい。
色とりどりの花が咲き乱れ、木々が覆い茂り、果実が実をつける。
見る者によっては楽園と思える場所だろう。
そんな集落を治めるのは、竜の王たる竜王である。
集落の中心にそびえ立つ大樹の根本に玉座を置き、腰をおろすのは美しい女性だった。
外見年齢は三十歳手前だろうか。
黄金の王冠を乗せた、波打つブロンドヘアーは地面に広がるほど長い。
上質な絹で作られた白く簡素な衣服からは、すらりとした手足、細くくびれたウエスト、しかし、胸部と臀部は色気を醸し出すように豊かだった。
雪のように白い肌はどこまでも美しいが、頬や腕、肩などには赤い鱗のようなものがうっすらと浮かんでいた。
そんな美女の瞳は赤く、炎のようだ。
雪と炎、相反する印象を兼ね揃えた彼女こそ、竜王であり、再生と破壊を司る赤竜でもあった。
そんな竜王も、ここ数年、本来の竜の姿を見せることはなくなっていた。
数年前、長命種である竜にとっては、つい先日のことのようだが、竜において絶対的な存在である竜王が片翼を斬り落とされるという大事件が起きた。
あろうことか、そんな大それたことをしたのは人間の子供だという。
多くの竜が、そのようなことをしでかした不届き者を追いかけ、八つ裂きにすべきだと騒いだが、当の竜王自らによって沈黙させられた。
もっとも、竜王が止めずとも実行に移るような竜はいなかっただろう。
そもそも竜王に手傷を負わせるなど、魔王くらいだ。
一部の血気盛んな竜たちもいたが、それでも内心は竜王の覚えをよくしたいというパフォーマンスであり、内心では竜王の翼を斬り落とすことができる人間に、恐怖を抱いていた。
ようは口だけだった。
しかし、人間の子供にそのようなことが可能であることは、竜たちに大きな衝撃を与えたのは事実だった。
「――以上が報告となります」
竜王の前に跪き、報告をしたのは二十代半ばほどの青年だった。
青い髪を背後に撫でつけ、無骨な戦士を思わせる眼光と厳つさを持っていた。
竜王が絹の衣服一枚に対し、青年は軍服めいた洋服に身を纏っている。
青年の隣には、同じ青髪をショートカットに切りそろえた少女がいた。
整った鼻梁、眉、大きな瞳。
細い手足はしなやかで、全体的に細身の肉体を持ちながらも、胸部にはふっくらとした柔らかさを持っている。
若干、気の強そう雰囲気を持つ美少女だった。
ふたりは双子の兄弟であり、青竜である。
そして、竜王の子供でもあった。
「――ふむ」
子供たちの報告を聞き、竜王は内容を噛み締め、そして飲み込むことができず、やや困惑気味の声を出した。
「――我が娘、エヴァンジェリンが愛の女神? スカイ王国で祀られているだと?」
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