36「竜王が動くそうです」②





「はい。にわかには信じられませんが、正確な情報です」


 息子の言葉に、竜王は整った眉を顰めた。


「お前の報告を疑うわけではないが、理解が追いつかぬ」

「情報を届けられた私も、未だ懐疑的です。しかし、情報は間違いないとのことです」

「あの子は竜であり、女神ではない。エヴァンジェリンは呪われた魔力を持って生まれた邪竜――信仰の対象になるとは到底思えぬ」

「同感です」


 竜王の言葉は、子供たちと同じだった。

 すると、少女が鼻を鳴らした。


「はっ、あんな出来損ないの竜が、魔王を名乗ったのもそうだけど、女神とか超笑えるんですけど」


 小馬鹿にするような笑みを貼り付け、笑う。

 青年も同意するように頷いた。


「同感だ。所詮、呪われた竜でしかない。魔王と親交があるのは事実だろうが、魔王などそうそうに至れる存在ではない。おそらく、魔王と知己になったことをいいことに自称しているに過ぎないだろう」

「違いないわ。あれが同じ竜だというだけでも疑問なのに、人間に騙され、利用され、落ちぶれて里にも戻ってこれない出来損ないの癖にさぁ、女神とか気持ち悪いのよねぇ」


 青年は侮蔑を、少女は嘲笑を浮かべ、エヴァンジェリンを罵る。


「――黙れ」


 竜王は子供たちに向かい、威圧と不愉快を一言に乗せて放った。

 刹那、ふたりが圧迫感に襲われ、表情を消す。

 踏ん張っていなければ、その場に押し潰されそうな圧力が襲いかかっているのだ。


「エヴァンジェリンは私の娘であり、お前たちの妹だ。口を慎め」

「も、申し訳ございませんでした」

「ご、ごめんな、さい」


 謝罪する双子に、竜王は威圧を解く。

 解放されたふたりは、肩で息をすると同時に、内心舌打ちをした。

 特に顔を上げず、地面を見つめていた青年のほうは、竜王に顔を見られていないのをいいことに、忌々しく表情を歪めて、歯を噛み締めた。


「…………なぜ、母上は、あの出来損ないを気にかけるのだ」


 竜王に聞こえない程度に呟いた声に、反応するものはいない。

 青年は不愉快だった。

 末の妹であるエヴァンジェリンが母に気にかけてもらっていることも、魔王を名乗っていることも、すべて気に入らない。

 呪われた邪竜の分際で、人間に女神扱いされているのも不快だ。


 青年は竜としてまだ若い部類だが、その力は上から数えた方が早い実力を持つ。それは隣にいる妹も同様だ。

 しかし、魔王には至れない。

 魔王になろうとは思わないが、仮に思ったとしても、魔王に至ることなどできない。

 魔王とはそれだけ特別な存在なのだ。


 そんな魔王をエヴァンジェリンが名乗っているせいで、邪竜が兄たちよりも強いと勘違いされてしまうことが許せない。

 どうせそのような力はないに決まっている。

 魔族や人間などからすれば、竜の力は大きすぎて、魔王であるかどうかさえ分からないはずだ。

 それをいいことに、エヴァンジェリンが魔王を名乗っている――そう青年は思いこみたかった。


 万が一、本当にエヴァンジェリンが魔王に至っていたのであれば、それは脅威だ。

 次代の竜王候補の自分の地位を脅かす存在になるだろう。

 いや、それ以前に、邪竜であるエヴァンジェリンをよく思わず、迫害してきた自分たちを奴は許すだろうか、と不安に思う。

 結局のところ、青年は竜王の息子としてプライドは高いが、小心者だった。


 そんな息子の葛藤に気付いていないのか、もしくは気にもしていないのか、竜王はなにかを思い出したように唇を釣り上げた。


「――確か、スカイ王国にはあの少年がいたはず。最近では、あの魔王レプシーをも殺してみせたとか」

「に、人間の分際で魔王を倒すなど!」


 すでに周知として知れ渡っている事実を認められない息子が騒ごうとするも、竜王が睨みつけると口を閉じる。


「その人間が、私の翼を斬り落としたのだ」

「――っ、し、しかし!」

「もうよい、黙れ! ここでお前たちと問答していても埒があかぬ! ならば、私自ら確かめようではないか!」

「お、お母様、それはどいう?」


 声を荒らげ立ち上がった母に、娘が困惑気味に声をかけた。


「エヴァンジェリンがなにをしているのか、スカイ王国がどのような国なのか、私自ら赴き確かめるのだ!」

「は、母上、それはさすがに!」

「問題が起きるんじゃ!」

「黙れ、もう決めたのだ」


 竜王の言葉に、これ以上なにか言っても無駄だと察したのか、子供たちは黙った。

 竜王は玉座に戻ると、にんまりと笑みを浮かべた。


「そうそう、サミュエル・シャイトだったな。あの少年と再会するのもとても楽しみだ」




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