29「エヴァンジェリンの過去を聞きました」①




 リーゼたちに一言告げて、灼熱竜と一緒に劇場を出たサムは、愛の女神としてエヴァンジェリンが祀られる神殿に向かって歩いていた。


「そういえば、灼熱竜ってエヴァンジェリンとどう言う関係なの?」

「簡単に言えな、エヴァンジェリン様は私の母の教え子だった」

「んん?」


 サムはよくわからず首を傾げた。

 竜であるエヴァンジェリンたちに対し、教え子、という単語が結びつかなかったのだ。


「竜には竜の里があり、人と変わらない暮らしをしているのだ。一定の年齢に達すると、外に出る竜も多いが、里で暮らし続ける竜もいる」

「えっと、認知されている以上に竜って存在しているんだね」

「そういうことだ」


 里があり、そこで生活をしている竜がいる以上、人間たちが把握している以上に竜の数が存在しているのだという。

 竜は自由に生きている。

 ときには人間の害になることもあり、ときには人間に害されることもある。

 それでも、人間はもちろん、一般的な魔族には大きな脅威であることは変わらない。

 灼熱竜はもちろんのこと、魔王であり邪竜であるエヴァンジェリンとも今後のことを考えて仲良くしたいものだと思う。


「エヴァンジェリン様は、生まれのせいで孤独だった」

「竜王の娘だっけ?」

「そこではない。無論、竜王様の御息女という立場は、人間でいうところの王家の者たちであるのだろう。だが、別に竜王様の子はエヴァンジェリン様だけではない」

「じゃあ、なぜ孤独なんて」

「竜としての特質だ。エヴァンジェリン様は呪いの魔力を持つ邪竜だ。あの方のお力は、普通の竜には恐怖でしかないのだ」


 エヴァンジェリンが邪竜であることは聞いていたが、あまり竜の里ではいい思いをしなかったんだな、と思う。

 同情するつもりはないが、竜も人間のような一面があるんだな、と少しがっかりした。


「灼熱竜は平気そうだけど?」

「私は、エヴァンジェリン様に可愛がっていただいたのでな。母は竜王様以外であの方を差別せず、恐れず接したのだ。それをきっかけに、よく我が家にきていた。私にとって、そうだな――姉のような方だ」


 過去を懐かしんだのか、灼熱竜が目を細め、少し笑った気がした。


「エヴァンジェリンはどうして外に?」

「――人間に騙されたのだ?」

「え? それはどういう?」


 騙された、と聞くと穏やかではない。

 だが、竜を人間がどうこうできるのだろうか、という疑問が浮かぶ。

 それ以前の問題として、竜の里においそれと人間が立ち入ることが、そもそも可能なのだろうか、とも。


「ある日、ひとりの人間が迷い込んできた。竜の里は、別に隠れ里ではないので、時折迷い込む者がいることは珍しくない。だが、その男が悪かった」

「悪かった?」

「その人間にどのような目的があったのかわからぬ。そもそも迷い込んだ理由さえも、はっきりしたことは不明だ。その男は、いつの間にかエヴァンジェリン様に近づき、たぶらかしたのだ」


 苦い顔をする灼熱竜に、サムは言葉もない。

 竜王の娘が、竜が恐れるほど力を持つエヴァンジェリンが、人間にたぶらかされたというのは信じがたいことだ。


(――いや、孤独だったのなら、そこにつけ込まれた可能性もあるのかな?)


 同じ人間として、いや、男して、女性をたぶらかすような者にサムは嫌悪を浮かべた。




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