27「ルーチェ様と再会しました」①




 積もる話もあるだろう、とサムとルーチェの関係を知るクライドが気を効かせて、ふたりきりとなった。

 ただ、ひとりだけ「サムが他の女と一緒になるなんていやぁあああ!」などと宣ったギュン子がいたが、ボーウッドとゾーイによって引きずられていった。


「ご無沙汰しております」


 劇場の観客席に座り、小さく頭を下げたのはルーチェだった。

 最後に見た彼女は、マニオン・ラインバッハのせいで命を狙われ、父とともに王都に逃げてきたこともあり心身ともに憔悴している様子だったが、今は元気そうだ。

 サムは、血の繋がりがないとはいえ、弟だったマニオンの被害者が立ち直っていることに安堵した。


「本当に。お元気でしたか?」

「はい。領地も平穏を取り戻し、もとの暮らしをとまでいかずとも、民たちは頑張って前向きに生活をしています」

「そうでしたか。しかし、なぜ王都に?」

「行儀見習いとしてです」

「ああ、なるほど」


 貴族の子女が、勉強をかねて働く場として王宮というのは最高の場所だ。

 よい出会いもあるだろうし、運がよければ王族に見染められることもある。

 男爵家、子爵家あたりの子女が王宮に多く働いしていることもサムは知っている。

 貴族ならば身元もしっかりしているので、雇う方も雇いやすいという面がある。

 ただ、誰もが王宮で働けるわけではなく、公爵家や侯爵家などでメイドとして働く場合が多い。


「本来は、侯爵家のメイドとして働く予定でしたが、ステラ様をはじめとした王家の方々に覚えていただいていたので、恐れ多くも王宮にてお手伝いさせていただいています」

「そうだったんですね」

「はい」


 と、ここで会話が止まってしまう。

 正直、サムは彼女にどうせっすればいいのかわからなかった。

 かつての自分と交流があり、好意を寄せてくれていたことは知っているが、今の自分として記憶を取り戻し、人格が変わったせいでサムは彼女をまるで覚えていなかった。

 その結果、彼女の幸せを願い、もう会うことはないと思っていたのだが、なかなかどうして縁があるようだ。


「――あ、あの」

「はい」

「最後にお会いしたとき、感情的な物言いをしてしまい申し訳ありませんでした」

「いいえ、そんな謝ってもらうことなんて。むしろ、俺も傷ついていたあなたへの配慮がなかったと反省しています。こちらこそ、すみませんでした」

「いえ、そんな。こちらこそ」

「こっちのほうが」


 そんなやりとりを繰り返し、お互いに苦笑した。

 このとき、初めてサムとルーチェは目が合った。


「キリがありませんね」

「ええ、本当に」


 クスクスと笑うルーチェを見て、サムはほっとする。


(よかった。この子も笑うことができるんだな)


 記憶の中では、憔悴し悲しんでいた彼女の笑顔を見ることができてよかったと心底思う。


「そうでした。ご結婚おめでとうございます。ステラ王女殿下とリーゼロッテ様とご婚約していたことは存じていたのですが、花蓮様、アリシア様、最近ではフランチェスカ様ともご結婚されたようですね」

「あはははは、ありがとうございます。いろいろご縁がありまして」


 自分を慕ってくれていた少女に、結婚おめでとうと言われ、なんとも言えない気持ちになる。

 ルーチェは表情こそ笑顔だが、心の中ではなにを考えているのか、と少しだけ気になった。

 そんなサムの心中を見抜いたのか、ルーチェは笑顔のまま口を開く。


「失礼ながら、サム様のことをあのあといろいろお聞きしました。ご家庭環境や、魔法の先生とのお別れなど」

「まあ、いろいろありました」

「わたくしは、あのとき、自分が一番不幸だと思っていました。しかし、そうではなかったのです。サム様も、いいえ、誰もが少なからず望まぬ出来事を経験している……そんな当たり前のことを気付くことができず恥ずかしい限りです」

「そんなことはないでしょう。あなたはあなたで大変だった。そのことを辛く不幸だと思う気持ちはごく普通のものですよ」

「そう言っていただけると気が楽になります。サム様はやはりお優しいですね」

「そうですか?」

「ええ、あのときは気づけませんでしたが、あの日だって、わたくしのためを思って冷たくされたのも今ならわかります。感謝もしています」


 感謝される必要はない。

 当時は、サムのほうに彼女を覚えていない罪悪感があったのだから。


「サム様はわたくしの知るサム様と変わっていないと思います。今日、そのことを確信いたしました」




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