26「またビンビンです」③
「そうか……そなたはビンビンではないのか」
しょんぼりするクライドに、ゾーイが顔を引きつらせる。
「――こ、これがっ! これがレプシー様を長年封じていたスカイ王国の末裔だというのか!?」
「えっと、レプシーが死ぬまではこうじゃなかったんだけどね。責務から解放されてはっちゃけっちゃっているみたい」
一時的なものだろうと思っていたが、クライドのはっちゃけ振りは日に日に酷くなっている気がする。
しかし、長年魔王の墓守という重荷を背負っていたのだ、せっかく解放されたのだからのびのびしてもいいだろうと思う。
国が傾いたわけではないし、むしろ今まで最低限だった国政にも積極的に口を出しているようだし、反発気味の貴族派を抑えつけ王家の力を取り戻してもいるのだから問題ないだろう。
「この姿を、レプシー様が見ずにすんだことに感謝を!」
「そんな、大袈裟な」
レプシーの慕われている様子や、遠藤友也という友人がいるのだから、クライドの奇行くらい笑って流せるくらいの懐はあるだろうと思う。
「そなた、ゾーイと言ったな」
「……だったらなんだ」
「ビンビンではないのが残念だが、そなたも民として認めよう」
「……感謝はするが、なんだろうか、このモヤモヤした気持ちは? そもそも私は女だぞ? ビンビンになるわけが」
「私の妻はビンビンであるぞ?」
「なんだと!? いや、待て、説明しなくていい! 聞きたくない! やめろ、口を開くな!」
王妃のなにがビンビンであるか気になるところではあるが、聞かなくていいことは聞かないほうがいいと、サムはゾーイに同意した。
「それにしても、まさかサムが魔族の、しかもレプシーの眷属を嫁として連れて帰ってくるとは思いもしなかったぞ」
「いや、あの、違いますけど」
「私はサムの嫁ではないっ!」
「そうなのか?」
「そうだ!」
嫁扱いをはっきり否定するゾーイは、大声を出しながら、少々居心地悪そうだ。
無理もない。
リーゼや水樹というサムの妻を前に、新しい妻だなどと言われたら誰だって気まずくなる。
しかも、誤解なら尚更だ。
「……てっきり、友好関係を深めるために嫁いできたのかと思ったのだが。それに、私が見る限り、そなたはサムに好意を持っ」
「その口を閉じろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
何度目になるかわからないゾーイの絶叫が響く。
はぁはぁ、と肩で息をするゾーイは、クライドを睨みつけた。
「誤解を招くようなことを言うな! 気まずくなるではないか! あくまで私は友好の使者としてきたのであり、サムの妻になるためではない! あ、いや、別にサムが嫌だとそういう話ではなく、ええい! なんだ、この展開は!」
サムも反応に困った。
ゾーイとはよい友人として親しくなれたと思っているが、嫁だとクライドに誤解されるときまずいものがある。
リーゼたちが誤解しないだろうか、と恐る恐る伺ってみると、なぜか笑顔だ。
(なぜリーゼと水樹はにんまりしているんだろうか? でも、それを尋ねる勇気がない!)
「ふむ。違うと言うのなら、構わぬよ。ただ、いずれ結婚する時には一言言ってもらえると助かる。そちらの国にも挨拶せねばならないのでな。はっはっはっ、サムは愛の女神様といい、この少女といい、モテモテであるな! さすが王国が誇る最強のビンビンである!」
「だからぁあああああああああああああああ! こいつ腹立つぅうううううううううううう!」
「ちょっと、なんですか、その肩書き! いつから俺は最強のビンビンなんて意味わかんないものになったんですかぁ!?」
ゾーイが立ち上がり地団駄を踏み、サムが頭痛を覚えてその場に座り込んだ。
「ゾーイ・ストックウェル――君をライバルとして認めよう!」
「認めなくていい! お前はお前で面倒な奴だな!」
ギュン子にライバル視され、心底ウザそうな顔をするゾーイに、
「……まさか、ゾーイを姉貴と呼ばなければならないのか?」
ボーウッドまでがそんなことを言い出してしまう。
「ボーウッド! お前もか!」
いい加減にしろっ、とゾーイがまたしても大声を張り上げると、クライドの背後から恐る恐る声をかける影があった。
「あ、あの、陛下。そろそろお城へお戻りになりませんと」
控えめに、しかし、はっきりとよく通る声が響く。
「おお、もうそんな時間であったか。サムよ、あとで城へきなさい。いろいろ報告を聞きたい」
「かしこまりました」
ようやくこの慌ただしい時間が終わるとほっとしたサムは、恭しく礼をした。
そして顔を上げると、クライドに声をかけた少女と目があい、驚いた。
「――ルーチェ様?」
見覚えのある少女は、サムに微笑んだ。
「お久しぶりです、サミュエル・シャイト様」
彼女はルーチェ・リーディル。
かつて、弟マニオンの婚約者であり、その弟によって領地を荒らされ、王都に助けを求めてきた令嬢だった。
マニオンの一件以来、会っていなかったが、まさか王都にいるとは思っていなかった。
「また新しい女だとぉおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ギュン子が叫ぶも、サムはもちろん、一同は当たり前だと言わんばかりに無視をした。
サムは、後味の悪い別れをした少女との再会にし、動揺を隠せなかった。
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