25「またビンビンです」②




「落ち着けって、ゾーイ。らしくないぜ」

「離せ、ボーウッド! このビンビン喧しい男を斬り殺してレプシー様の墓前に捧げてやる!」

「ヴィヴィアン様に怒られるだろが!」

「ゾーイ、俺からも頼むよ。勘弁してやってください!」


 ボーウッドが止めてくれているものの、か細いゾーイと膂力などは同等であるため、いつ限界がくるのかわからない。

 サムも間に入り、頬を思いっきり膨らませて、「私は不満だ」と主張するも、腕を組みそっぽを向くまでに怒りを収めてくれた。

 サムはボーウッドと大きくため息をついた。


 ゾーイが本気で大暴れしたら、止めることのできるものはこの場にいない。

 屋敷にいるダフネなら可能かもしれないが、彼女がこの場に到着するまでにクライドの首くらい飛んでしまうだろう。

 ギュンター改め、ギュン子もこの場にいるので結界術で守れるかもしれないが、準魔王級の力はサムでさえ未知数ゆえ、不安が大きい。


 というか、魔族と人間の争いの原因が、国王が書き上げた舞台の脚本とかあまりにも笑えない。


「ゾーイ、こちらに。クッキーなどいかがかしら?」

「美味しいよ」

「……リーゼも、水樹も、私を子供扱いしないでもらおう。まあ、いただくが」


 リーゼと水樹が手招きしてゾーイを呼び、観客用の椅子に腰をおろして膝の上にハンカチを広げた。

 子リスのようにクッキーを頬張るゾーイにほっこりしたところで、サムがクライドに控えめに文句を言う。


「レプシーに思うことはあるでしょうが、ビンビンに巻き込まなくても」

「誤解だ、サム。これは、長年私たちを苦しめた魔王レプシーをライバルと認めたゆえであり」

「……もういいです。ゾーイが暴れたらこまるので、本当に勘弁してください」

「ふむ。サムがそう言うのならばそうしよう。ところで、そちらの男前な獅子殿を紹介してはくれぬか?」


 獣人のボーウッドに視線を向けるクライドの目に、負の感情はない。

 少なくとも魔族に対するマイナス面がないことに、サムはほっとした。


「彼は、ボーウッド・アットラックです。伯爵位を持つ獅子族の魔族です」

「兄貴にご紹介預かった、ボーウッド・アットラックだ。サム兄貴の、第一の舎弟でもある」

「――ほう」

「あんたが、この国の王だな?」

「いかにも。私が、スカイ王国国王クライド・アイル・スカイである」


 礼ではなく、握手を求めたボーウッドに、クライドは応じた。

 ふたりは手を握り合ったまま、会話を続ける。


「サムの兄貴の後を追ってこの国にきた。ゆえに、滞在許可を求めたい」

「伯爵位のそなたが、サムを兄と慕うのか?」

「ああ」

「その理由は?」

「俺は、みっともない話だが、魔王になろうと馬鹿なことを考え、サムの兄貴に倒された。以後、兄貴の舎弟として生きることを決めた。それだけだ」

「ふむ」


 ゆっくり手を離したクライドは、顎に手を持っていきなにかを考える仕草をした。


「あの、クライド様」


 ボーウッドのフォローに入ろうとしたサムを、クライドは手で制した。


「すまぬが、この者とだけ話したい」

「はい」


 魔王になろうとしたボーウッドに、悪いイメージを持たないでほしかったので口を挟もうとしたのだが、クライドにはその必要はなさそうだ。

 彼から、ボーウッドに対する悪い感情を感じない。

 サムはことの成り行きを見守ることにした。


「ボーウッドであったな?」

「おう。悪いが、あんたがこの国の王様でも敬うつもりはねえ。だからといって危害を加えるつもりもない。俺はあくまでも兄貴の舎弟だ」

「それは構わぬ」

「――先ほどから聞いていればサムに舎弟だと! まさか浮気!?」

「はいはい、ギュン子ちゃんは黙っていましょうね。ほら、こっちに来なさい」


 会話の途中で、女体化した変態が声をあげたが、リーゼに腕を引かれて椅子に座る。

 クライドと魔族のやり取りを見守っていたギュン子だったが、さすがに我慢ができなかったようだ。


「あんたがレプシーの墓守をしていたことは知っている。あれだけの魔王を封じていたんだ。さぞ毎日が恐ろしかっただろう。魔族を好まないことは承知している」

「それは誤解だ、獅子族の魔族よ」

「なに?」

「確かに私はレプシーに思うことはある。だが、魔族そのものを嫌っているわけではないのだよ」

「――そうか」


 ならば、とボーウッドはクライドに頭を下げた。


「ならば、俺をこの国に住まわせてほしい。許可をくれるのならば、兄貴の次に、俺のこの力を貸すことを約束しよう」

「魅力的な提案であるな。ならば聞こう――そなたはビンビンであるか!?」



(――んんんんんん? なんでそんな質問が飛び出るのかなぁ?)



 疑問に思ったのはサムだけではない。

 問われたボーウッドも戸惑い気味だし、ゾーイに至っては「馬鹿だろ、このおっさん」と呟いている。


「お、おうよ! 毎日ビンビンだぜ!」


 若干躊躇いながらも、はっきりと答えたボーウッドに、クライドは満面の笑みを浮かべて両手を広げた。


「――スカイ王国へようこそ! そなたをこの国の民として認めよう!」

「えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


 サムとゾーイがびっくりして大声を上げた。


「そこなの? 魔族を受け入れるかどうか、そこで決めちゃうの!?」

「この国は本当に大丈夫なのか!? 嫌だぞ、友好関係を結んだせいでヴィヴィアン様のお名前に傷がついたら!」


 ボーウッドも、困惑を隠せないながらも受け入れられたことにホッとしていた。

 ギュン子は「さすが陛下」と意味のわからない関心をしているし、リーゼと水樹は苦笑するだけ。唯一、ジムだけが大きく嘆息をしていた。

 すると、クライドはボーウッドから、ゾーイに視線を移し、問いかけた。


「そなたもビンビンであるか?」

「その首、斬り落とすぞ! 誰がビンビンだ!」




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