24「またビンビンです」①




「おお! サム! サムではないか! 戻っていたのだな!」

「――クライド様」


 背後から聞き覚えのある声をかけられて振り向くと、スカイ王国国王陛下であるクライド・アイル・スカイが笑顔で立っていた。

 一同が膝をつく。

 ゾーイと、ボーウッドもみんなに倣い膝を折った。


「うむ。楽にしてくれ。今日はプライベートできているのでな」

「プライベートですか?」


 クライドの言葉を受け、それぞれが立ち上がる。

 サムが首を傾げて尋ねると、にやり、とした笑みを浮かべてクライドに、嫌な予感がした。


「えっと、まさか、クライド様まで劇場に?」

「この劇場を見ただろう。これからスカイ王国は舞台にも力を入れていこうと思っている!」

「クライド様ぁあああああああああああああ!?」


 公爵家が力を入れているだけでも過剰に思えるのに、王家までが手を出すとか、この劇場とギュン子たちが今後どうなっていくのか想像さえできない。


「そうそう、そなたの話もよかったぞ」

「めっちゃくちゃに脚色されていますけどね!」

「劇とはそんなものだ」

「まあ、正直、言うほど気にしてはいないですし、ウルなら爆笑して終わりなんでしょうけどね」

「違いない。ギュンターも秘めた才能を持っていたようだ。私も、触発されて脚本を一本書いてしまったよ。来週から、舞台で公演予定だ」

「まじで!? クライド様まで脚本書いちゃったの!?」


 楽しそうなクライドの手には、原稿の束が握られていた。

 どうやら本当らしい。


「はははははは。私だけではないぞ。フランシスも、コーデリアも、レイチェルとステラ、そして母も現在脚本を執筆中だ」

「王家ぇええええええええええええええええ! というか、お婆さままでなにやってんですか!?」


 祖母まで脚本に手を出していたのは驚きだ。

 コーデリア第二王妃も、まさかの参加だった。

 セドリックが参加していないことに安心すべきか、と悩む。


「落ち着くのだ、サム。まずは、私の考えた脚本を読んでみてくれ」

「えー? あ、はい」


 なぜ脚本を読まされるのだろうか、と首を傾げながら、原稿を受け取りタイトルを見て膝をつきたくなった。


 その名も――スカイ王国ビンビン物語。


「く、クライド様ぁ? このタイトルは」

「よいタイトルであろう。一晩悩んで決めた、渾身のタイトルだ」


(下ネタ大好きな小学生でも思いつかねえタイトルに一晩かけるんじゃねえよ!)


 口にしなかったのは奇跡だった。

 正直、喉まで出掛けていた。

 いくら親類でも不敬なことはしてはならないという、サムの強い意思が耐え切ったのだ。


「さ、読んで感想を聞かせてくれ」

「で、では」


 タイトルがタイトルだけに、内容が酷そうな予感がして、原稿をめくる指が震えている。

 恐る恐る原稿を読んだサムの目に飛び込んできたのは、予想以上の展開だった。


 魔王レプシーの悪のビンビンに、異世界から召喚された勇者月白龍太郎が正義の使者ビンビ・ビーンとして立ち向かう。

 数々のビンビンを倒し、レプシーのビンビンをビンビンしたビンビ・ビーン。

 魔王レプシーのビンビンとビンビンするが、やはり魔王の力の方が上だった。

 しかし、恋人たちからの愛によってビンビンを強化されたビンビ・ビーンは、見事レプシーのビンビンを砕き、封印することに成功した。

 そして、ビンビンなる王として、スカイ王国を建国し、墓守となった。

 いつかまたビンビ・ビーンが必要になる、その時まで。


「…………」


 サムは大きく息を吸うと、


「ビンビンは万能じゃねえよ!? レプシーまでビンビンにするなよ! つーか悪のビンビンとか、ビンビ・ビーンとか、意味わかんねぇ! これ本当に来週から舞台でやるの!?」


 不敬など知ったことかと、声を荒らげた。

 はっきり言って、頭が痛い。

 わざとコメディにしたかったのか、それともレプシーに恨みをぶつけたかったのかわからないが、あまりにもひどい。

 その証拠に、レプシーを敬愛する眷属であるゾーイが、怒りにプルプル震えていた。

 落ち着け、とサムが声をかけようとするよりも早く、ゾーイが爆発した。


「よくもレプシー様をビンビン魔王などという破廉恥な存在に仕立て上げおってええええええええええええええええええ! その首っ、切り落としてくれるっっ!」

「ぞ、ゾーイ、気持ちはわかるが落ち着けって。一応、兄貴の王様なんだぞ!」

「そんなこと知るかぁあああああああああああああ!」


 ボーウッドが全力ではがいじめにしてくれているが、ゾーイは拘束を振り切ってクライドに襲い掛からん勢いで激昂している。


「な、なにかな、この荒ぶる少女は?」

「レプシーさん家の子です」

「変な紹介をするな! 私は、レプシー・ダニエルズ様の眷属、ゾーイ・ストックウェルだ!」

「――ほう。レプシーの眷属とな」

「そうだ! 貴様が今、辱めたレプシー様の眷属だ!」


 脚本披露に夢中で、ゾーイやボーウッドに気付いてなかったようで、見かけぬ騎士風の少女と、獣人に目を丸くした。

 しかし、


「つまり、そなたも『スカイ王国ビンビン物語』の中に出してもよいと?」


 クライドはクライドだった。

 ぶちっ、と何かが切れた音がすると同時に、ゾーイが今までにない大声で叫んだ。


「誰がそんなことを言ったぁああああああああああああああああああああっ!」




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