23「改竄されていました」




「……もうギュンターのことはどうでもいいや、うん。そうしよう。女体化してしまったんだから、しょうがない。騒いでも変わらないんだし。で、だ。即席で劇場を作ったのはいいんだけど、どんな演目をやってるんだ?」


 王都で人気絶頂ならば、さぞ面白い舞台なのだろうと期待する。

 思い返せば、この世界ではあまり娯楽のようなものが少ない。

 サムも読書以外では、魔法と戦闘訓練ばかりだ。

 ウルのように賭け事をする趣味もないし、舞台が面白いのなら見たいな、と思う。

 すると、ギュン子が自信満々に谷間から紙の束を取り出した。


(どこに入れてんだよ、なんて突っ込みはしねーよ!)


「ここに、今晩、僕が主演で披露される舞台の脚本がある。ぜひ読んでくれたまえ!」

「どれどれ」


 ギュンターから受け取り、脚本を開く。

 背後からゾーイとボーウッドが覗き込んだ。


「――は?」


 サムは、最初の一ページ目で、己の目を疑った。

 なんとそこには、辺境の男爵家で生まれ不遇な扱いを受けていたサミュエル・シャイトなる少年が、領地を追い出されて途方に暮れていたところを、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーとギュンター・イグナーツという理想のカップルと出会うところから始まっている。

 運命の出会いを果たした三人は、各地を転々としながら、サムを一流の魔法使いに育てようとする日々を送る。

 ときには賭け事して、貞操の危機を迎えるが、さっそうとギュンターに救われ、胸をときめかせるサム。

 竜王と戦い、ギュンターの助けがあって、強力な力に目覚めたサムの一撃で撃退。


「俺とウルの大切な思い出に混ざってんじゃねえよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「ははははは! 照れなくてもいいんだよ!」

「照れてねえよ! お前、マジでやめろや! つーか、女体化したのに自分の役をやるのか!?」

「――なにを言っているんだい? 僕はウルリーケ役に決まっているじゃないか!」

「ぶっ殺すぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「落ち着け、サム! どうどう!」

「あ、兄貴、よくわからねえが、落ち着いてくだせえ!」


 ボーウッドにはがいじめにされ、ゾーイに窘められるも、サムの怒りは治らない。

 まさか、舞台の演目内容が自分たちの思い出、しかも改竄済みだとは思わなかった。


「離して、ボーウッド! こんなの披露されたら見た人たちが勘違いする!」

「あ、あのね、サム」

「リーゼ?」

「とてもいい辛いのだけど、もう何度も公開済みよ」

「いやぁあああああああああああああああああああ!」


 気の毒そうに告げたリーゼの言葉に、サムが悲鳴を上げた。


「あ、あんまりです。リーゼたちも、この変態を止めてくれればいいのに」

「クリーでも止められなかったから無理よ。それに、脚色はあっても、話自体は面白かったのよ」

「夜の部で行われる、第二部初夜編は大絶賛してもらっているよ!」

「もらっているよ、じゃねえよ! なんだよ初夜編って! あ、待て、待って、説明しないで! 心折れちゃうから、ぽきっと折れちゃうから!」


 なんとかしなければ、とサムは焦る。

 このままではウルとの日々が改竄された状態で、王都の人たちに認識されてしまう。

 正しい思い出なら、舞台だろうとなんだろうと構わないが、ギュンター介入済みはまずい。

 みなさんの娯楽にはいいのかもしれないが、誤った記憶が人々の記憶に残るのはごめん被りたかった。


「まだ舞台では披露していないが、妊娠出産編、そして次の世代編など山のように脚本があるので楽しみにしていてくれたまえ!」

「やーめーて! 思い出だけじゃなくて、未来まで介入しないで!」


(もう劇場ごと斬り裂いちゃおうかな! これって立派な自衛だよね! 友也も自衛なら被害出たっていいじゃんって言ってくれたし、うん、やっちゃおうかな!)


 物騒な思考を浮かべ始めたサムだが、ボーウッドとゾーイに止められる可能性があるし、万が一、リーゼたちに被害があっても嫌なので、斬り裂きたい衝動をぐっと飲み込んだ。


「ギュンター様。女優たちの面接が待っているんですが」

「ああ、ジム。すまないね」

「――ジムぅ?」


 手帳を持って現れたのは、ジム・ロバートだった。

 アリシアの幼なじみであり、かつて親同士が決めた婚約者でもあった。

 アリシアを巡り、紆余曲折はあったものの、失恋を乗り越えて、サムとジムは良き友人となった。


「久しぶりだな、サム」

「なにやってんの?」

「僕はギュンター様の部下として、なぜか劇場の運営に関わっている。これは、宮廷魔法使いの部下の仕事なんだろうか?」

「違うでしょうねぇ」


 サムの記憶が正しければ、ジムはギュンターの部下となったのだが、まさか劇場で働かされているとは思わなかった。

 上司に恵まれていない友人に、サムは泣きそうになった。


「まあ、いいさ。僕も舞台は嫌いじゃない。だが」

「だが?」

「いろいろ疲れた」

「お疲れ様です!」


 はぁぁぁ、とため息を吐くジムに、サムはそれ以上の言葉をかけることができなかった。


「ありがとう。まったく、劇場の運営もそうだが、女優の面接まで手配されて大変さ。ギュンター様も、舞台に上がる人間はすべて自分で面接すると譲らないのでな」

「あのさ」

「なんだ?」

「舞台が始まって数日でしょ? なのに、もう働きたい人が集まってるの?」

「すでにギュンター様に憧れて、王都に各地から女優志望者が集まっている」

「早いよ! 展開早すぎるよ!」


 ギュンター効果が怖すぎる。

 ラッキースケベ魔王だとしても、ギュンターの前では存在が霞むのではないか、と思わずにはいられないサムだった。






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 近況ノートにて「お約束」を書きました。

 よろしくお願い致します!


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