16「魔剣屋さんです」




「あ、サム! こっちに魔剣屋さんがあるよ!」

「魔剣屋さんなんてあるの!?」


 大はしゃぎで水樹に手を引かれ、サムは武器屋と思われるお店の中に入った。


「嘘ぉ。本当に魔剣ばかり売ってるー!」

「水樹はよくここを見つけたな。ここはなかなかよい魔剣が売っている。土産にどうだ?」

「お土産感覚で魔剣が買えちゃうのか」


 サムの記憶では、程度の差はあれど魔剣は貴族の家で代々受け継がれている物や、名のある騎士の相棒だったりする。他にも、一流冒険者の剣士の実力の大半が魔剣のおかげだった、なんてこもあった。

 魔剣といえば剣士の憧れである。

 存在こそしていても滅多にお目にかかれない聖剣に比べたら、高価であり、使い手を選ぶ場合もあるものの、手に入らないわけではないので剣士なら誰でも一度は魔剣を手にすることを夢見るのだ。

 希少なはずの魔剣がお土産感覚で買えるのなら――買うに決まっている。


「買っていきますか?」

「――うん!」


 十六歳の水樹がいつもよりも子どもっぽく見えて、ついサムの口元が緩んでしまった。

 水樹はさっそく店内を見て回り始めた。

 時折「うわぁ」「すごい!」と声を出して興奮しているようで、生き生きしている。

 やはり剣士である水樹も魔剣は好きなんだろう。

 剣の使えないサムではあるが、壁に飾られた様々な剣の数を見ると、心が踊ることは否めない。


「いらっしゃ――おおっ、ゾーイ様ではありませんか!」

「店主よ。久しいな。勝手に見させてもらっている」

「どうぞどうぞ! お好きなだけご覧ください!」


 お店の奥から現れた魔剣屋さんの店主はドワーフだった。

 焦げ茶色の剛毛が頭から髭にかけて伸ばされている。

 ずんぐりむっくりした三頭身ほどの体型は、筋肉の覆われた鎧のようだった。

 髭に覆われた顔でも、愛嬌があるとわかる彼は、目尻をゆるめてゾーイを歓迎した。


「ゾーイと知り合いなんだ?」

「うむ。先代の店主に私の剣を打ってもらったのだ。代替わりして間もないが、こやつも腕のいい職人だ」

「よしてくだせぇ、照れまさぁ!」


 水樹とゾーイ、そして店主がにこやかにしていると、サムは身体を震わせてドワーフをまっすぐ見つめていた。


「ドワーフさんだ! ドワーフさんが魔剣屋さんなんて、とってもファンタジー! 王道かもしれないけど、それがいいっ!」


 そして、やはりファンタジー世界の代表格ともいえるドワーフの登場にサムが歓喜し、天井に向かってガッツポーズした。


「……この兄ちゃんはどうしたんで?」

「気にしなくていい。どうやら疲れているらしい。放置でいいだろう」

「はぁ。ゾーイ様がそうおっしゃるなら」

「ところで、この娘に魔剣を見せてやって欲しい。気に入ったのがあれば、買わせてもらう」

「ゾーイ様のお客人であるなら、もちろんでさぁ。嬢ちゃん、こっちにおいで。とっておきの魔剣を――おや、嬢ちゃんは人間かい? そっちの兄ちゃんも」


 店主は水樹とサムを見て人間と気づいたようだ。

 そして、ゾーイの背後で店内を見て回っている巨漢のセーラー服姿のキャサリンを一瞥すると、見なかったことにしたようで触れなかった。


「うん。えっと、人間だけど」


 躊躇いがちに自分が人間だと告げた水樹に、ドワーフの店主が微笑んだ。


「いやいや、変な意味じゃないんだ。ようこそ、人間のお嬢さん。うちに人間の剣士が来るのは初めてだよ」


 ちらり、と店主はゾーイを見た。

 おそらく彼女が人間嫌いであることを知っていたのだろう。


「ゾーイ様のお客様ならとっておきを見せてやろう!」


 店主が取り出したのは一本の刀だった。

 詳しくないサムでも、はっきりとわかる。これは、やばい刀だと。

 禍々しい魔力が宿っているのか、背筋に冷たいものが走る。


「うわぁ! すごいよ! サム! こんな妖刀、父上が見たら狂喜乱舞するよ!」

「あの蔵人様が狂喜乱舞する姿は想像できないけど、きっと剣士なら最高の品なんだろうね」


 剣の使えないサムには、剣の凄さはわかっても、良さまでは理解できない。

 実に残念である。

 しかし、斬ることに関しては負けていないと自負している。

 師匠ウルからは、魔剣に匹敵するか、それ以上の斬れ味を保証してもらっているスキルがあるので、今更剣が使えないことにどうこう思うことはないが、やはりファンタジー世界に転生した男の子しては一度は魔剣を握ってみたかった。


「これは俺の自信作でさ。先代、親父にはまだ勝てませんが、かなりのできだと自負しています」

「――ふむ。よい妖刀だ。店主、借りるぞ。おい、サム」

「うん?」


 妖刀を握りしめたゾーイが、サムに斬りかかった。

 本気でなかったせいか、彼女の動きははっきりと見えた。見えたのだが、いきなり妖刀を向けられれば、驚いてしまう。

 サムは反射的に、右腕を振り抜いてしまった。

 そして、音を立てて真っ二つになる妖刀。


「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ごっついドワーフの口から、絹を裂いたような悲鳴が飛び出した。


「サムが妖刀斬っちゃった! もったいないじゃないか!」

「すみません! おい、ゾーイ! いきなり何するんだよ! つい斬っちゃったじゃないか!」


 抗議するサムに、ゾーイは折れた刀を見て、眉を潜めた。


「よい妖刀ではあるが、まだまだだな。私の剣ならば、もっと違う結果になっていただろう」

「あのね、俺で試し斬りしようとしないで!」


 ゾーイは悪びれることなく、折れた妖刀を店主に戻す。

 ショックを受けていた店主にどう声をかけようかと悩むサム。

 もしかして弁償しなければならないのだろうか、と内心ドキドキしてした。


「ゾーイ様! 俺の腕がまだまだでした! まさか兄ちゃんにこんなあっさり折られちまうなんて」

「お前はよい鍛冶師になるだろう。精進するといい」

「ありがとうございます!」


(なんかいい話みたいになってるけど、それでいいんだ。もしかして、これが買い物のありふれた光景なのかな? だったら魔族怖い!)


「嬢ちゃん、すまなかったな。お詫びに親父の作った自慢の妖刀を見せてやるぜ」

「いいの!?」

「ああ、ちょっと待ってろ」


 店主はそういって、店の奥に。

 しばらくすると、白い布に覆われた一振りの剣を持ってきた。


「これはとびっきりの妖刀だ。気に入った奴じゃなきゃ、まず見せやしねえ。そっちの兄ちゃんが強いのはわかったが、この刀ならどうかな?」


 にやり、と笑うドワーフが鞘から刀身を抜き台に置く。


「うわぁ! これはすごいよ! さっきの妖刀も凄かったけど! これは、なんて言うんだろう、違いすぎる!」


 感動している水樹と同じように、サムも妖刀に魅せられていた。

 妖刀とは思えないほど、刀身は美しかった。

 氷のような冷たさを放ちながら、誰も寄せつけまいとする孤高を感じる。

 うかつに手を伸ばせば指を切り飛ばされそうな錯覚さえ覚えた。


「親父が名前さえつけることを躊躇った傑作の一本だ」

「なぜ名前をつけなかったんですか?」

「名前をつけることで、この妖刀の質が落ちると思ったらしい。名も無い刀だからこそ、美しく、そして見る相手の心に自由に訴えてくるんだよ」


 そういうものか、とサムは首を傾げるが、水樹とゾーイはわかるものがあるようで、うんうん、と頷いている。


「水樹、どうだ、気に入ったか?」

「うん! すごい妖刀だよね! 父上も喜ぶだろうけど、僕もほしいかも!」

「――店主、これをもらう」

「へい! ありがとうございます!」

「え、ちょ、ちょっと、ゾーイ! お金が……高いよね!? 僕、そんなに手持ちが」


 奥さんのほしいものなのだから自分が出すとサムが言おうとするよりも早く、ゾーイが少し顔を赤めつつ口を開いた。


「そ、その、なんだ。私から水樹へ――友人へのプレゼントだ」

「え? そんな、いいの?」

「もちろんだ。受け取ってくれると嬉しい!」


 照れながらプレゼントだと言うゾーイに、水樹は破顔して抱きついた。


「――ありがとう、ゾーイ!」

「う、うむ!」


 顔を真っ赤にしているゾーイにサムも「ありがとう」と言う。

 当初はサムを敵視し、人間嫌いだという彼女が、水樹と交流を深めて友人となってくれたことはとても嬉しかった。


「あらぁ。お姉さんにも友情の証をくれないのぉ?」


 本気かどうかわからないが、キャサリンがそんなことを言うと、珍しく嫌な顔をせずにゾーイが店主に顔を向けた。


「……店主」

「へい。そちらのトロールとオークのハーフの恐ろしい方には、俺が作った傑作の鉄槌がございまさぁ!」

「あら、やあねぇ。私みたいなか弱いレディが、こんなに重いもの持てるはずがないじゃない」

「え?」

「え?」

「――は?」


(その筋肉は飾りかよ! あ、いや、実際、この人めちゃくちゃパワーキャラなこと知っているんだけど、これはどうなんだろう? 突っ込み待ちか?)


 キャサリンのせいでなんとも言えない空気が魔剣屋さんを包むのだった。



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