15「感動しました」
「うん! 昨日も楽しかったけど、やっぱりサムと一緒だと嬉しいかな!」
そんな嬉しいことを言ってくれるのは、サムの奥さんである水樹だった。
彼女は色鮮やかな振袖姿ではなく、いつもの袴姿だった。
街を見て歩くのに、よそ行きの姿では目立ってしまうということで、今日は気軽な格好をしていた。
「まぁまぁ、水樹ちゃんったら、サムちゃんのことが本当に大好きなのね。若いっていいわねぇ。お姉さんも奥さんに会いたくなっちゃうわ」
頬に手を当ててはしゃぐ水樹と手を繋ぐサムを微笑ましく見つめるキャサリンは、驚くことにいつもの魔法少女の姿ではなかった。
しかし、セーラー服姿なので、目に毒には変わりない。
日本でもなかなか見かけなくなった、ひと昔前のセーラー服のスカートの丈を限界まで短くし、ちょっと動けば鍛えられた腹筋とおへそがこんにちはする出立は、暴力と言わんばかりに眼球と脳を刺激してくる。
所謂、変身前の姿のだが、いかついおっさんが十代の少女の格好をしている光景は、相変わらず刺激的すぎた。
ゾーイは、朝一番でキャサリンの姿を見て、朝食を戻しかけた。
サムと水樹、キャサリン、そしてゾーイの四人は、魔王ヴィヴィアン・クラクストンズが治める夜の国を見て回っていた。
ダフネはヴィヴィアンと積もる話があるそうで、同行していない。
夜の国の街並みは、一見するとスカイ王国の城下町とあまり変わらない。
しかし、実際に足を運んでみると、やはり魔族の国というだけであり、多くの違いがわかった。
一番の違いは、人間以外の種族が多数いることだろう。
ボーウッドのようなわかりやすい獣人から、ゾーイのような外見こそ人間とそうかわらない種族もいる。
そんな彼らが、種族関係なく親しく生活している姿を見ると、改めてこの国はいい国なんだと思う。
「どこにいこっか? サムは気になるところある?」
「うーん。リーゼたちにお土産を、と思っているんですが」
「そうだね。僕も考えていたんだけど、魔族のお土産ってなにかな?」
くるり、と周囲を見渡すサムと水樹。
ゾーイに助言を求めるのもいいが、せっかくなので見てから考えたいと思う。
「――っ」
そんなサムの視界に、とある魔族が映り絶句した。
続いて、湧き上がってくる衝動を我慢できず、大声を上げてしまった。
「うぉおおおおおおおおお! すげぇえええええええ! 河童だ! 河童がいるぞぉおおおおおお! まじかぁあああああああ!?」
「ちょ、え? 急にどうしたの、サム?」
びっくりした顔をする水樹に、言葉を返す余裕さえなくサムは震えた。
目の前のお店では、日本人が妖怪と聞いてまず連想するであろう妖怪の河童さんが店番をしているのだ。
緑色の肌をした、驚くほどイケメンでさらさらしたブロンドヘアーを伸ばした頭部にきらりと光るお皿が載せられている。亀のような甲羅を背負った彼のお店は、食器屋さんだ。
「うわっ、きゅうり食べてる! やっぱり河童ならキュウリだよね!」
「……サム? ちょ、どうして泣いているの?」
「かわいい河童さんだけどねぇ」
戸惑う水樹とキャサリンだが、ふたりの声はサムに届いていない。
なぜなら、感動で瞳から涙がこぼれ落ちてくるからだ。
(――異世界に転生して、吸血鬼とか獣人とか見てきたけど、河童はやばい)
思い返せば、東方の日の国にも妖怪がモンスター扱いとして存在していたが、河童をついに見ることはなかった。
それだけに感動が大きい。
「なぜ、河童でそうもはしゃぐのだ? よくいる種族じゃないか?」
「よくいるんだ!? ――ああ、この世界に生まれてよかった」
「そこまで感動するものなのか!? ……私が知らないだけで、河童とはなにか特別な種族なのだろうか?」
ゾーイは、あまりにもサムが感動しているので戸惑いを覚えてしまったようだ。
戸惑いを覚えているのは、水樹も同じのようでサムに向かい、躊躇いがちに尋ねた。
「えっと、もしかしてサムって緑色の肌とか、甲羅が好きなの?」
「そうなのか? 人間にしては珍しい趣味だな。頭に皿を載せている、しかも男が好きとは――貴様も大概歪だ性癖の持ち主なのだな」
「誤解です! 水樹さん、ゾーイさん! あなたたちは大きな勘違いをしている!」
河童に感動を覚えていたサムだが、女性たちの大きな誤解にさすがに正気に戻った。
「河童さんを否定するわけじゃないですけど、そういう意味ではなくてですね! なんというか、個人的にずっと見てみたかった妖怪? じゃなくて種族なんです!」
「……そういえば、友也も河童族をえらく気に入っていたな」
「でしょう! 男ならみんな河童大好き!」
「……他にも、猫族の少女を見て感動しているのを記憶しているが」
「わかるぅ! すごくわかるぅ! 妖怪、猫耳、わかりやすくていいよね! 男の子はみんな大好き! 超好き!」
反射的にはしゃいでしまったサムが、はっ、とすると、
「ふーん」
「……なるほどな」
「あら、サムちゃんったら」
女性陣が冷たい視線を向けているのを察した。
「違います、誤解です! 変な意味で好きというわけじゃなくて、ああっ、もどかしい!」
日本人なら河童や猫耳娘がリアルにいる感動をわかってもらえるのだが、この世界の住人にとっては珍しい種族ではないので首を傾げられるばかりだ。
サムが頭を抱えていると、
「あの、申し訳ありませんが、妻と子がいるのであなたの気持ちにはお応えできません」
お店から河童が現れて、心底申し訳なさそうにサムにそんなことを言った。
「別に告白してねえからぁ!」
河童さんとの初コンタクトは、告白してもいないのに振られるという意味のわからないものとなったのだった。
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