17「弟分ができました」①




 水樹の妖刀と、蔵人へのお土産の妖刀の計二振りを購入したサムたちは、近くのレストランで食事を取り終わり、再び街を散策しようとしていた。

 魔族のレストラン、と聞けばモンスターや未知なる生物がテーブルに並ぶような予感がしていたのだが、至って普通だった。

 少々味付けが違うことや、大陸東側では手に入らない食材を利用しているくらいだ。

 よくよく思い返せばヴィヴィアンの屋敷でいただいた朝食も普通だった。


「兄貴ぃ!」


 さて、次はどこにいこう、と悩んでいると獅子族の獣人が手を振って現れた。

 彼の名はボーウッド・アットラック。

 獅子族をまとめる長であり、伯爵級の魔族だ。

 そして、先日新生魔王を名乗り決起しようとして、失敗に終わった魔族でもある。


「む。なんのようだ、ボーウッド」

「おいおい、ゾーイ! 兄貴が姉貴をお連れしてお出かけするなら、第一の舎弟である俺様も同行させてもらわねえとな」


 魔王になろうとした男だが、今ではすっかりサムの舎弟になっていた。

 ゾーイは頭が痛そうに顔をしかめる。


「……お前な。仮にも二度も魔王を目指した男が、舎弟とは……誇り高いと自称していたお前はどこにいった?」

「はっ、そんなもんヴァルザードが持っていっちまったよ! 俺はこれから兄貴の舎弟として生きるんだ!」

「まあ、お前がそれでいいのなら、別に構わないのだがな」


 はぁぁぁ、とゾーイは大袈裟にため息をついてみせた。

 サムとしても、なぜ獅子族の長が配下を通り越して舎弟になりたがるのかわからない。

 というか、承諾していないのにボーウッドはもう舎弟気取りだった。

 これでいいのか、と悩んでしまう。


「あ、あのさ、もしかしてだけど姉貴って僕のことかな?」

「もちろんでさぁ! 兄貴の奥様なら俺様たちにとって姉のようなお方です! ぜひ姉貴と呼ばせてくだせえ!」


 ツッコミはしないが、ボーウッドの言葉遣いも今までのそれと違う。

 なんというか、口調まで舎弟仕様にしなくてもいいのに、と頭痛がした。


「あはははは。獣人の戦士に姉貴なんて呼び方されちゃのは、ちょっと不思議な感じがするね」


 弟分ができちゃったよ、と水樹は意外にもボーウッドを受け入れたようだ。


「兄貴の他の奥様たちにお会いできるのを楽しみにしていやす!」


 耳をひょこひょこ、尻尾をぶんぶんしているボーウッドを水樹が撫でたそうにしていた。

 しかし、さすがにそれは駄目だろうと我慢している。

 すると、ボーウッドがキャサリンに気づき、彼女の前に膝をつき、手を取り口づけをした。


「ああ、素敵なレディ。あなたもいたのですね。本日のお召し物も素敵です」

「あら、お口が上手ですこと」

「ふふふっ、本心ですよ、レディ。少々、その短すぎるスカートから覗く艶かしい御御足は刺激的すぎますがね」

「嬉しいことを言ってくれるわぁ」


 相変わらず、お目々が深刻な獣人だなと思う。

 ゾーイに至っては、嘘だろお前、と驚愕を全力で浮かべていた。


「あの、ボーウッドさん」

「へい、兄貴。俺のことはどうかボーウッドと呼び捨てていただければ」

「あ、はい。じゃあ、俺のこともサムと呼んでください」

「わかりやした、サムの兄貴」

「えーっと、兄貴は外して欲しいんですけどぉ」

「なにをおっしゃいます! 兄貴は兄貴ですから! 俺とアムル、バッカスと、その他獣人たち配下三百名! 死ぬまで兄貴についていきます!」


 どうやら先日、ボーウッドに付き従っていた獣人たちもサムの配下になったらしい。

 自分の知らないところで色々な話が進んでいることに、がっくり肩を落としてしまう。

 そんなサムの背中を、ゾーイがぽん、と叩いた。

 慰めてくれるのかな、と彼女を見ると。彼女は親指を立てて、満面の笑みだった。


「よかったな、サム。三百人の部下を手に入れたぞ! このまま持ち帰ってくれ!」

「いらねー!」




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