お正月記念「ウルリーケ外伝3 十歳」①




 記憶を取り戻してから四年の月日が流れ、ウルは十歳になった。

 父ミシャは相変わらず美少女で、男爵領の男たちのハートを鷲掴みにしている。ときには、友人を名乗る貴族が遠方から訪ねてくることもあったのだが、どう見ても自称友人たちの父への想いは尋常ではなかった。

 母グロリアも女性たちからの人気が衰えることなく、また狩人や冒険者たちと一緒になって町を外敵から守る姿に、黄色い悲鳴が上がることが日常茶飯事だった。


 姉エミリーはツンデレ具合に磨きをかけており、年頃の少年から青年までが「エミリー様って俺が気があるんじゃ?」と勘違いさせている。ある意味魔性の女だった。

 妹や弟にもつんけんしているエミリーであるが、両親にはでれでれだ。本人は隠しているつもりなのだが、ばればれである。

 十四歳の姉は来年の春には王都の学園に通うことになっていた。

 都会が楽しみだと口では言っているエミリーだったが、故郷から離れたくない泣いているのを村中が知っている。


 兄レスリーは腕白小僧から、スケベ小僧へと進化した。

 友人たちと女の子のスカートをめくっては吊るされ、母にしばかれているのにまったく懲りていない。

 ときにはウルもお仕置きしているのだが、女性にお仕置きされるというシュチュエーションが兄をとても喜ばしている。

 どちらにせよ幸せなレスリーはある意味無敵だった。

 しかし、そんな兄も、最近は畑仕事をサボることなく、剣を学んでいる。なにか心変わりでもあったのかと尋ねてみると「仕事ができる男はモテるらしい!」となんとも兄らしい行動理由だった。


 村人たちは相変わらずいい人たちだし、村も穏やかで過ごしやすい。

 もうすぐ秋から冬に季節が移るが、雪が降り積もる冬になると、基本的に仕事はなく、飲み会くらいしかやることがない。

 近隣の森で住まう野生動物やモンスターが冬眠前に大暴れするのを片付けるのが大変な時期でもあるが、ウルも母と大人に混ざり大活躍であり、なにかと忙しくも楽しい季節になる。


 思えば、ウルはかつて誰かのために魔法を使ったことはあまりなかった。

 魔法使いの家系に生まれ、魔法を使う才能と魔力に恵まれ、なによりも魔法が大好きだった。しかし、魔法で誰かのために何かをしたか、と問われると自信を持って肯けない。

 宮廷魔法使いになったのも、国で名が知られたのも、善行を行ったからではなく、好き勝手に魔法を使っていた結果だった。

 サムという最愛にして最高の弟子と出会い、育てたが、それでも大半が自分のためだった。

 そのことに反省したウルは、魔法を学び、勉強し、かつての実力を取り戻しながら、新しい魔法を取得し、家族のために、村のために使った。

 わかりやすく村に貢献できたのは、モンスター退治だ。両親はまだ子供のウルが戦うことをよしとしなかったが、すでに野盗を単身で討伐できる実力があるのだから心配しなくていいと説得するのに時間がかかった。

 続いては、水魔法で畑に水を撒くことや、風魔法で伐採活動、土魔法で村の壁を作るなどもした。

 気づけば、ウルは村から頼りにされる存在になっていた。


 すでに、前世で宮廷魔法使いになったときを超える力を取り戻していたウルは、慌てることなくのんびりとした村の生活を気に入っていた。

 過保護な父がまだ幼い自分を村の外にひとりで出すことはないとわかっていたので、おとずれた穏やかな日々をかみしめていた。


「ウルー!」


 そして、今日もウルが日々の仕事を終わらせて、日当たりのいい草むらで寝転んでいると、姉のエミリーが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。


「お姉様?」

「もうっ、またこんなところで寝ていたのね! お父様からはしたないことはしたらダメと口をすっぱくして言われているじゃない!」

「お母様がマナーに対しては無関心で、お父様が口うるさいのは、なんというか我が家らしいね」

「そうよねー、って、そんなことはどうでもいいのよ! お客様よ!」

「どうでもよくはない気が……うん? お客様?」


 珍しいことだ、と思う。

 田舎の男爵領にはあまり人は来ない。

 行商人が月に一度のペースで来るものの、わざわざ姉が自分を呼び来ることはない。


「貴族様ですか?」

「ええ、その通りよ!」


 なぜか胸を張るエミリー。

 残念ながら、四年前も平だった彼女の胸は、あまり成長していない。

 先日も、レスリーと兄弟喧嘩の末に「ぺったんこ!」と言われ、激昂して掴み合いに発展していた。


「またお父様に会いに来たんですかねぇ」

「詳しくは知らないけど、私たち家族に御用事のようよ!」

「私たちに、ですか。珍しいですね。というかそれでわざわざ探しに来てくれたんですね。ありがとうございます、エミリーお姉様」


 感謝の気持ちを伝えると、エミリーは顔を真っ赤にして、


「べ、別にあんたの為じゃないんだからね!」


 と、腕を組み、そっぽを向いてそんなことを言う。

 わかりやすい照れ隠しに、ウルは苦笑した。

 ちょっとだけ、村の男子たちが勘違いする気持ちもわかってしまった。


 その後、エミリーと一緒に自宅に帰ると、


「おかえり、ウル」

「お帰りなさい、ウル」


 笑顔で出迎えてくれる両親と、


「君がウルリーケか。ご両親からお話は聞いている。私は、スティーブン・アーリーという。ぜひ魔法に優秀な君に一目会いたくて、雪が降る前に遊びに来てしまったよ」


 柔和な笑みを浮かべる、四十代の身なりの良い男性だった。

 しかし、スティーブン・アーリーと名乗る男性は、父の隣に立ち、当たり前だと言わんばかりに尻を揉んでいた。

 前世でも見たことがある光景に、ウルは思わず叫んだ。


「――変態だ!」




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