お正月記念「ウルリーケ外伝4 十歳」②




 美少女にしか見えない父の尻を揉む変態が、少しだけ驚いた顔をしてから、笑みを再び浮かべた。


「これはこれは手厳しい」

「こ、こら、ウル。変態に変態って言ったら駄目だって、前から言っているでしょう! 申し訳ありません、アーリー公爵様」

「ははははは、気にしていないよ」


 ミシャが慌てて娘の無礼を謝罪するも、尻を揉まれている本人もはっきりとスティーブンを変態だと言っていた。

 きっと、内心では腹を立てているのかもしれない。

 あと、前世でもそうだったが、大概貴族というのは変態らしい。

 公爵がこれでは、この国も駄目だな、と思ったものの、よくよく考えれば男の父を聖女にして祭り上げているのだから、十分手遅れの国だったことを思い出す。


「ウル、エミリー、レスリー、アーリー公爵は旦那様の支援者で、現役時代から様々な支援をしてくださった方だ、変態だが失礼のないように」


 グロリアが注意すると、エミリーとレスリーが礼儀正しく挨拶をする。


(お母様も変態って言っているし。というか、この変態公爵、まだお父様の尻を撫で回すのを辞めないんだけど!)


 よく家族の前で堂々と父親の尻を揉めるものだ、とある意味感心してしまう。

 このくらいの精神力がないと、公爵など務まらないのかもしれない。


「ウル、ちゃんとご挨拶なさい」

「……はい。ウルリーケ・ファレルです。先ほどは失礼致しました」


 父に促され、丁寧に挨拶をした。

 興味深そうな視線をスティーブンから向けられるも、父に対してのいやらしい感じではなく、値踏みするようなものだ。

 不快ではないが、なにか企んでいそうな顔に、拳を叩き込みたくなる衝動に駆られる。

 しばらくウルのことを眺めていたスティーブンが、納得するように頷いた。


「さすがお父上譲りの素晴らしい魔力だ。十歳とは思えない、大人顔負けだな」

「お褒めいただき光栄です」

「聞けば、剣もそこそこの腕だとか。グロリア殿の御息女らしい。それにしても、魔法と剣をそれぞれ得意とするとは、将来有望な逸材だな」


 変態の目を見て、ウルは察した。

 目の前の変態は、良からぬことを考えているのだ、と。

 おそらく公爵家にとって得になるようなことを企んでいるのだろう。

 かつて、ウルもこのような視線を何度も受けたことがあるので、すぐにわかった。


「エミリー殿と、レスリー殿も、剣技に優れているという。ファレル男爵家は安泰だな!」


 両親は子供たちを褒められて嬉しそうな顔をしていた。

 姉と兄も、素直に喜んでいる。

 ウルだけが、未だ父の尻を揉んでいる変態を胡散臭そうに見ていた。

 すると、思い切り変態と目が合った。

 彼はいいことを思い付いたとばかりに、にんまりと笑みを深くした。


(――あ、きっと面倒なこと言う気だぞ、この変態)


 ウルの予感は的中した。




「ウルリーケ殿、君さえよければ、国立魔法学校に入学してみないかい?」




 ウルがとても嫌な顔をして、両親と兄弟が驚きを隠せず目を見開いた。

 家族の反応はよく理解できる。

 王都にある国立魔法学園は、入学できる者は一握りだった。

 その入学方法が難関で、宮廷魔法使いや貴族に推薦されるか、実戦形式の入学試験で認められるかのどちらかだ。


 元聖女と騎士だった両親ではあるが、母はさておき、聖女だった父なら誰かを推薦することはできる。

 しかし、原則として身内の推薦はできない仕組みになっていた。

 そんなことをよしとすれば、国立魔法学園は貴族の子女たちの集まる専用の学校になってしまい、魔法学校ではなくなってしまうからだ。


(もしかすると、私のために?)


 ウルはなにも気にしていないが、両親は娘の才能に対して教育をちゃんとできないことを気にしていた。

 なので、アーリー公爵がわざわざ田舎に訪れ、父の尻を撫でながらも、ウルたちに会ってくれたのは、両親に頼まれたからという可能性もある。


(――私の答えは決まっている)


「如何かな、ウルリーケ殿?」

「はい! お断りします!」


 よく通る声で、はっきりと断りを入れたウルに、両親はもちろん姉と兄も唖然とし、変態はようやく父の尻を撫でるのをやめた。


「な、なぜかな?」


 まさか断られると思わなかったのだろう、動揺を隠せない声でスティーブンが問うてくる。


「私、まだ十歳ですし」


 当たり障りのない言葉を伝えてみるも、ウルは内心では王都の魔法学校など行きたくなかった。

 もしかすると自分を気遣ってくれた両親には心から申し訳ないが、ウルは王都で学ぶことなどないと考えている。

 成人するまでのんびりと畑仕事をして親孝行していたかった。

 なによりも、退屈な魔法使いに関わりたくなかったのだ。


(――だってさぁ、この世界の魔法使いって……すっごくつまらないんだもん)


 口にこそ出さないが、本当にこの世界の魔法使いたちは偉そうで嫌だ。

 まず、魔法使いが希少ということから、自分たちを特権階級か何かだと勘違いしている。宮廷魔法使いや、名のしれた魔法使いならいざ知らず、魔法を使えるだけで魔法使いを名乗る人間まで、自分の価値を信じて疑っていないのだ。


 続いて、信じられないのが、攻撃魔法至上主義だ。

 攻撃魔法こそ魔法という考え方は少々おかしい。ウルも攻撃魔法を得意とするが、回復魔法や補助魔法、結界術の大切さは知っている。この世界の住人だって知っているはずなのに、攻撃魔法を使えてこそ魔法使いというよくわからない思考だ。

 これについていけない。


 さらに、属性魔法による派閥争いがある。

 攻撃魔法至上主義のせいで、炎属性こそ一番と考える魔法使いが多い。炎の破壊力はわかりやすいので無理もないが、それに他の属性魔法が異議を唱えているのだ。

 どの属性魔法でも戦い方次第で、攻撃力は変わるし、攻撃力がなくとも敵の殺し方などいくつもある。どの属性が一番かなど考えるのは、ナンセンスだった。


 他にも、貴族たちの派閥があるとか、前衛を行ってこそ実戦形式の魔法使いだという派閥や、後衛から高火力で敵を殲滅してこそ魔法使いだ、という派閥まであって足の引っ張り合いだ。


 父のように回復魔法と補助魔法が、一般的な魔法使いでは到達できない領域に届き聖女と認められているレベルになると、さすがの魔法使いたちも敬うが、中には戦えないくせに、と悪態をつく者もいるようだ。

 ちなみに、父は攻撃魔法もそこそこ使えるらしいが、性格的にあまり向いていない。


 これらの理由から、ウルは魔法学校に通うことはごめんだった。


「なるほど、君の言い分はわかるが、魔法学園には特待生制度はもちろん、飛び級制度もある。君のような十歳というのは前代未聞だが、十二歳で入学した子もいる。問題はないよ」

「……ですが」

「ふむ。もしかすると、君には将来どうしたいのか、もう考えている予想図があるのかな?」

「はい!」


 隠すことではないので、堂々と言うことにした。


「聞かせてもらおうかな?」

「私は冒険者になりたいです!」


 せっかく見知らぬ異世界に転生したのだ、かつてサムとそうしたように、世界中を見て回りたかった。

 両親には感謝しているが、魔法使いとして、まだ見ぬ魔法とまだ知らぬ種族と出会い、学び、成長したい。

 ウルは、説明しようと続きを話そうとするも、それよりも早く、父が――泣いた。


「ぼ、冒険者なんて、ウルが不良になっちゃったよぉおおおおおおおおお!」

「……えぇー」


 まさか、美少女の外見をしていたとしてもいい歳の父の反応に、さすがのウルも反応に困ったのだった。



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