エピローグ「元魔王」
魔族たちが住まう大陸西側のとある場所に、深い森と幾重にも結界が張られた古い洋館があった。
洋館の中にはくたびれた白衣を身につけたブロンドの女性が、親指の爪を噛みながら落ち着きなくしていた。
一見すると美人のはずの女性だが、顔色の悪い疲労がたまったのが一目瞭然だった。目の下には濃い隈もできていて、お世辞にも健康的だとはいえない。
「あの子たちはまだかしら?」
爪を齧りすぎて血が出ていることも気づかずに、女性は苛立った様子だ。
そんな彼女が、そろそろ爪だけではなく指まで齧り始めようとしたとき、屋敷の扉を勢いよく開けて、待ち人たちが帰宅した。
「ママ! 今帰ったよ!」
「ヴァルザード!」
女性が待っていたのは、真なる魔王を名乗ったヴァルザードたちだった。
「俺たちも無事に帰ってきたよ、お母様」
「ジーニアス! トニー、ジュリー、デイジー! ああ、よく無事に帰ってきてくれたわね、私のかわいい子供たち!」
ヴァルザードに遅れて屋敷の中に入ってきたのは、真なる魔王を名乗った青年――ジーニアスと、ふたりの少女とひとりの少年だった。
この五人が全員真なる魔王である。
「よかったわ。遠見の魔法で見守っていたけど、あの忌々しいヴィヴィアンと遠藤のせいで途中であなたたちを見失ってしまって」
「大丈夫だよ、ママ。僕たちがあんな雑魚に負けるはずがないじゃないか。なあ、ジーニアス?」
「ヴァルザードの言う通りだ。俺たちはお母様の最高傑作なんだから、もっと信頼してくれないと」
「ごめんなさい、我が子たち。でもね、お腹を痛めて産んだあなたたちだからこそ、心配でならないの。親はいつだって子供のことを心配しているのよ」
女性は、子供たちをひとりずつ抱きしめ、キスをする。
ヴァルザードたちは、母の愛情をくすぐったく思いながら受け入れ、喜んだ。
一頻り、我が子の無事を確認した女性は、表情を真面目なものへと変えて問いかけた。
「ちゃんと真なる魔王と名乗れたかしら?」
「うん。ママも途中まで見ていたなら知っていると思うけど、あの場に吸血騎士ゾーイ・ストックウェルとエルフの忌み子ダフネ・ロマックもいたよ」
「俺たちは、力を見せつけ、真なる魔王を名乗った。これで、奴らも俺たちを無視できないだろう」
「よくやったわ!」
「ママがくれたこの力は準魔王級など話にならなかったよ」
「馬鹿を言うな、ヴァールザード。奴らはそれ以前に、俺たちの力に気づきもしなかった。立っている領域が違うんだよ」
ジーニアスの言葉通り、あの場にいた獣人たち、ゾーイ、ダフネ、そして人間も、誰ひとりとして、彼らに合わせて力を抑えないと、自分たちの力さえ感じ取ることができなかった。
つまり、真なる魔王を名乗るジーニアスたちの魔力があまりにも大きすぎて、わからなかったのだ。
「さすが我が子たちね! これで、これでようやく私の復讐ができる! あなたたちのその素晴らしい力で、お母さんをこの世界に君臨する王に――いいえ、神にしてちょうだい!」
「もちろんだよ、ママこそこの世界の支配者にふさわしい!」
「お母様の夢を俺たちがこの命を賭けて叶えてみせるさ」
ヴァルザードとジーニアスだけではなく、他の子供たちも口々に母を褒め称え、世界に君臨すべきだと言った。
無邪気に母を慕い肯定する子供たちに気を良くした母は、欲望と狂気に満ちた笑顔を浮かべ、口が裂けんばかりに唇を吊り上げた。
「ヴィヴィアン・クラクストンズ……私から魔王の地位を奪ったお前を、お前の愛する者をぐちゃぐちゃにしてやる! かわいい我が子と一緒に、お前の全てを奪ってやる! そして、私は魔王を超えた存在に――魔神に至るのよ!」
元魔王オクタビア・サリナスは、自ら生み出した――人工魔王を使い、復讐と野望を叶えるために行動を始めるのだった。
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