73「ヴィヴィアンの予感です」②




 かつてのゾーイならば、「そんな馬鹿な」とたとえヴィヴィアンの言葉でも取り合わなかったかもしれない。

 しかし、自身でサムの力を感じ取った以上、すんなりと納得できた。

 むしろ、ヴィヴィアンの言葉によって、ゾーイの中にあったまだ否定的な部分が消えた。


「……やはり私の勘違いではなかったのですね」

「びっくりするわよね。私も想定外よ。彼の普段の魔力は、人間の中でこそ規格外な魔力なんでしょうけど、魔族では珍しいほどではないわ。もちろん、彼ほどの魔力を持つ個体はそうそういないけど、それでも希少ではないもの」


 魔力を持たない個体が多い獣人では、サムのような魔力を持つ者はまずいない。

 エルフでも、王族や上位個体でなければまず、サムよりも多い魔力量はいないだろう。

 しかし、吸血鬼になると、サムほどの魔力でも一般的より少し上だ。爵位を持つ吸血鬼になると、圧倒的な差を開くこととなる。


 確かに、サミュエル・シャイトの魔力量は大きく、質も高い。

 しかし、それ以上の魔力を持つ魔族はそれなりにいるし、魔力量で劣っていても基本的な自力が人間のサムより上の個体は多いのだ。


 人間社会では、魔力量が大きければ有利にことが運ぶ場合が多かっただろう。しかし、相手が魔族となるとそうはいかない。

 しかし、サムの魔力が魔王級となるとまた話が変わってくるのだ。


「彼の普段の魔力量なら、ゾーイのほうが上よね」

「はい」

「しかし、彼が魔力を高めると、泉のように力が湧き出てきて、貴方を、いいえ、私をも超えてしまうわ」

「……正直、恐ろしく思います」

「そうね。あれだけの魔力とスキルを掛け合わせて斬撃として繰り出すのなら、レプシーも殺すことができたのでしょう。もちろん、それだけでどうにかなるレプシーじゃないともうけど、可能性は私たちよりも大きい。でも、一番不思議なのが、人間の彼がそれだけの力を出して平然としていることよね」

「奴は呪われし子のようですが」

「そうね、その血を引いていることは間違いないわ。でも、正確には違うの。彼は、呪われし子のような呪いには関わっていないもの」


 呪われし子に関しては、正直わからないことが多い。

 なぜなら、その大半が自らを犠牲にして力を得た者であるため、目的を果たすと同時に絶命してしまう。

 生き残った者もいるが、その大半は魔王エヴァンジェリン・アラヒーによって殺されている。

 わかっていることといえば、世界に呪われていることだけだ。


「異世界人の勇者の直系でもあるみたいね。でも、それも違うわ。勇者は彼のような刹那的な強さはなかった。安定した強さを持つ人間だったわ」

「そうですね。勇者月白はサムほど強くない」

「となると、残った可能性としては祝福されし者だけど、今は祝福する神がいないでしょうし、そうなると――」

「そうなると、どうなのでしょうか?」

「先祖の強さをいいとこ取りして生まれてきた、幸運な子かしら」

「そんな馬鹿なことが……冗談を言わないでください」


 さすがに『幸運』などという理由だけで強いなど認めたくなかった。


「あら、ごめんなさい。真面目に言うと、サミュエル・シャイト殿自身の力、彼に力を与えたウルリーケ・シャイト・ウォーカーの力が、すべて良い形に作用している可能性もあるわね」

「そんなことが、あるのですか?」

「あるかもしれないわね。そういえば、レプシーからなにか託されていたようだし、彼の中で大きな変化が起きている可能性だってあるわ」


 だけど、とヴィヴィアンが笑みを深めた。


「私が期待している可能性のひとつなんだけど――サミュエル・シャイトという少年が、そもそも規格外、それだけよ」


 呪われし子や、レプシーに力を託された、師匠である女性からすべてを受け継いだ――などは関係なく、単純にサムそのものが規格外な存在である可能性があるというヴィヴィアンに、さすがにゾーイは同意できなかった。


「ありえるのですか?」

「ありえるわよ。ゾーイ、貴方がかつて聖女だったように、レプシーが吸血鬼を超えたなにかに転化したように、私が生まれながらに吸血鬼だったように、サミュエル殿も生まれながらにしてなにか特別なものを持っているのよ」

「…………」

「でも、少し心配よね」

「……なにか気になることでも?」


 サムの強さは気になるところではあるが、心配する必要ないとゾーイは思う。

 なにかと彼に興味を持つ魔族が多いことは確かに心配なのかもしれないが、ヴィヴィアンの言う心配とは少し違う気がした。


「種を超えた規格外な存在が生まれるとき――世界によくないことが起きるのよね」

「……そんなまさか」


 ゾーイはそう言ったものの、誰も殺せないと思われていたレプシーの死、魔王級の力を持ちながら無名だったヴァルザードたちの登場など、確かに今までとは違うなにかが起きていることは間違いない。

 しかし、それらが「世界」レベルの何かに繋がるとは到底思えなかった。


 結局のところ、サミュエル・シャイトが何者だろうと、世界に影響を与える人物なのか、それともなにかに巻き込まれてしまうのか、ゾーイはもちろんヴィヴィアンにはわからないのだった。



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