閑話「変態と魔王です」




 魔王エヴァンジェリン・アラヒーが同僚の魔王遠藤友也の助けを借りて、スカイ王国王都に転移すると、事前に調べておいたサムが住まうウォーカー伯爵家の一室の窓を開け放った。


「ダーリン! 来ちゃった!」


 エヴァンジェリンにとって、運命の人でもあるサムと会いたいばかりに勇み足で部屋を訪れてみると、


「な、なんだ君は!?」

「てめーこそ誰だよ!?」


 部屋の中には想い人はおらず、代わりにベッドの中に見知らぬブロンドの青年がいた。

 思わず大きな声をだしてしまったエヴァンジェリンは自分がお忍びであることを思い出して口を噤んだ。

 先日、勝手にスカイ王国を訪ねたことを魔王ヴィヴィアンに叱られて尻を叩かれたたばかりなので、二度目のお仕置きはごめんだった。

 とりあえず、窓から部屋の中に入ると、みるからに怪しい男に殺気を飛ばす。


「で、てめーは誰だ。ていうか、ダーリンはどこだよ?」

「ダーリン? もしかして、サムのことじゃないだろうね?」

「そうだよ! サミュエル・シャイトだよ! 私はエヴァンジェリン・アラヒーだ。ちなみに、ダーリンの奥さんだ!」

「……おっと、それは聞き捨てならないね。声を大にして言おう! 僕こそが、サムの妻であるギュンター・イグナーツであると!」

「ああ? てめー、男じゃねえか! つか、早くベッドから出てきやがれ! なにダーリンのベッドで丸まってんだよ!」


 エヴァンジェリンは内心舌打ちしていた。

 こっそり部屋に侵入してサプライズをする予定が、まさか先客がいたとは思わなかった。

 しかもギュンター・イグナーツの名前には心当たりがある。

 スカイ王国の中でも上位にある中心人物だ。

 人間など警戒する必要がないと思っていたが、まさかサムの妻を名乗るような不届き者だとは思いもしなかった。


「おっと、失礼した。ここ数日、ママ――じゃなかった小娘に辱めを受けていてね。サムの香りに包まれて心を癒していたのさ」


 髪をかき上げながらベッドから這い出てきたギュンターに、


「うぉぉ……」


 エヴァンジェリンが恐怖で数歩引いた。

 その理由は、ギュンターの格好にあった。

 彼の程よく鍛えられ、無駄毛ひとつない肢体には、なぜか女性ものの真っ赤な下着が装備されていた。

 ショーツだけではなく、ブラまでしているという変態っぷりに、竜王の娘であり、魔王でもあるエヴァンジェリンといえど本能的な恐怖を覚えずにはいられない。

 しかし、腐っても魔王だ。愛する少年のためなら、この身を犠牲にしてでも変態をなんとかしないといけないという使命感に駆られた。


「いやいやいや! お前、なんでド派手な下着つけてんだよ! 女ものだろ、それ! 男が身につけんなよ!」


 エヴァンジェリンの叫びに対し、ギュンターはふん、と鼻を鳴らした。


「おだまり! 僕がどんな下着を身につけようと君には関係あるまい!」

「今、見せつけられているんだから大有りだよ!」

「ウルリーケの下着を身につけることで、僕はいつだって彼女と一心同体なのさ!」

「断言できる。そのウルリーケって、絶対お前のことをキモいって思ってるぜ!」

「――はっ! 君に僕とウルリーケの絆がわかるものか!」

「わかんねーし、わかりたくもねーけど」

「まあいいさ。ところで、君は先ほど、サムをダーリン呼ばわりしていたが、僕の妻に対して少々失礼じゃないかな?」


 真っ黒なゴスロリを身につけたエヴァンジェリンと、真っ赤な下着だけを身につけたギュンターが睨み合う。


「思い出したよ。君は、確か魔王だったね」

「へぇ。私が魔王だってわかってもその態度を貫くのか?」

「無論、愛ゆえに!」

「……なるほど。てめーのダーリンへの想いだけは本物のようだな」


 魔王は少しだけ悔しそうに吐き捨てた。

 ギュンターは堂々とブラの装備された胸を張り、ドヤ顔をしている。


「だからって、てめーが変態だってのは変わらねえんだよ! どうせダーリンにもキモがられているにきまってる!」

「笑止! ――サムが、僕が女性ものの下着を身につけているだけで、偏見を持つわけがあるまい! 彼なら、ありのままの僕を受け入れてくれるに決まっているだろう! サムは、そんなに小さな器ではない!」

「――っ、そ、そうだ、ダーリンなら、こんな変態でも笑って……いや、無理だろ!」

「だから貴様は駄目なのだぁああああああああああああ!」


 変態に怒鳴られ、びくぅっ、としてしまう。

 先ほどから、なぜこの変態はこうも強気なのかと不思議でならない。

 自分が知らないだけで、人間社会ではこういうのが流行っているのだろか、と不安になる。


「そもそも君は、なっていない! まず押しかけるのなら夜だ! あと君は魔王だろう? いい歳をした立場のある女性が、そんな陰鬱とした暗い格好で……もっとしゃんとしたまえ!」

「お前は私の母親か! つーか、なんで初対面の変態に言いたい放題されてんだよ!?」

「それ以前の問題だ。なぜ君はここにいるんだ?」

「は? いや、だから、ダーリンを訪ねに」

「だから、それが疑問なのだよ。サムなら、魔王ヴィヴィアンとの会談のため、魔王に招かれているのだが?」

「え?」


 しばらく時が止まった。

 そして、


「友也ぁあああああああああああああああああああああ!」


 エヴァンジェリンは大絶叫した。


「あの野郎! どうりで急にダーリンの情報を渡してきたと思ったら! ご丁寧にスカイ王国まで転移魔法しやがって、ちょっと感謝してたらこれだよ! ダーリンと顔を合わせないようにしやがったなあぁああああああああああ!」


 まさかサムが西側に来るとは思っていなかったエヴァンジェリンは、友也の甘言につられてほいほいやってきてしまったのだ。

 待っていたのは愛しのサムではなく、変態だった。

 理不尽すぎる現実に、エヴァンジェリンは涙を流しそうになった。


「ふはははははははは! どうやらサムと君は縁がないようだね!」

「……この野郎。人が優しくしていればつけ上がりやがって。こうなったら、てめーにも不幸な目にあってもらわないと気が済まねえ!」

「……なぜ?」

「てめーが気に入らねえからだよ! どうせダーリンのケツを狙っているんだろうが、そうはさせねえ!」

「待ちたまえ! 誤解だ! 逆なんだ!」

「うるせぇ! ダーリンの尻は私が守るんだよ!」


 とりあえず友也に騙された怒りをぶつけようと、エヴァンジェリンは魔力を爆発させた。


「――くっ、さすが魔王だ! 結界を張っていなかったらどうなっていたことやら」

「我が名、エヴァンジェリン・アラヒーの名において命ずる。てめーを呪ってやる。――スベテヲノロウモノ」


 エヴァンジェリンから呪いの魔力が放たれ、ギュンターを包む。


「うぁあああああああああああああああああああ!?」


 魔王の高笑いと、ギュンターの悲鳴が木霊した。





 ――この日、ギュンター・イグナーツは女体化した。




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