59「相手は強敵のようです」②




「ゾーイ……ちょっと聞きたいんだけどさ」


 黙ってしまったサムに変わり、水樹が声をあげた。


「どうした水樹?」

「魔族は爵位が上なほど強いのは知っているんだけど、騎士のゾーイが伯爵のボーウッドよりも強いのはなぜかな?」


 もっともな水樹の疑問に、キャサリンも耳を傾けた。


「――そんなことか。私は爵位に興味がない。大変光栄なことに、魔王様たちからは侯爵に当たる準魔王級と評価していただいているが、私はあくまでもヴィヴィアン様の騎士として仕えているだけだ」

「ゾーイは昔からこうなんです。ヴィヴィアン様も、その実力にふさわしい立場を得るべきだとおっしゃっているのですが」


 ゾーイの言葉に、ダフネが続く。

 すると、ゾーイは鼻を鳴らしてダフネを睨んだ。


「よく言う。お前こそ、爵位を与えられるはずが、さっさと逃げ出したではないか」

「私は誰にも縛られず、自由に生きるのです。いえ、ぼっちゃまになら縛られたいですが」

「……変わっていないことを安心すべきか、嘆くべきか悩むな」


 うっとりとした顔をしたダフネにゾーイが呆れた顔をした。

 ふたりのやりとりを見た水樹が苦笑する。


「意外と自由なんだね。爵位なんていうからもっとお堅いイメージがあったよ。でも、肝心なボーウッドの強さはどのくらいなのかな? 僕はゾーイの戦っているところは見たことないし」


 強いことは肌で感じているが、ボーウッドを見たことのない水樹には情報が足りない。

 水樹にとってサムは強い。

 剣聖と呼ばれた父を下し、スカイ王国最強の魔法使いである自慢の夫より強い者がいることを理解はできるが、それほどまで差があるのだろうかと疑問を覚えてしまったようだ。


「ダフネよりは弱いぞ」

「……ダフネさんの強さを僕たちは知らないんだけど」

「そうなのか?」

「そうだよ! 僕たちにとってダフネさんはサムの大切な家族の素敵なお姉さんって認識なんだから!」

「……素敵な、お姉さん? 誰が?」

「あら。嬉しいことを言ってくださいますね。今度、水樹様だけおかずを大盛りにしてさしあげます」

「本当? ありがと――じゃなくて!」


 ダフネの強さを感じ取ることのできない水樹はもどかしさを覚えているようだ。

 すると、なにかを考えていたサムが顔を上げる。


「うん。ダフネが強いのは置いておくとして、どちらにせよ俺はボーウッドと戦わないといけない」


 なんせ魔王遠藤友也からの直々の提案だ。

 彼が何者かにも興味があるし、向こうもこちらに興味を持っているようだ。

 ならば、彼の期待に応えて、彼とも友好を深めたいところだ。


「サムちゃん。お姉さんたちは宮廷魔法使いであり、いわば、国からその実力を認められた魔法使いよ。とくにサムちゃんは、王国最強でもあるわ。でもね、相手は魔族。それも獅子族の長で、魔王を名乗るほど強いの。戦えないなら、戦えないと言って恥ずかしいことではないわ」

「ご心配ありがとうございます。恐怖心がないと言ったら嘘になりますが、引くつもりはありません。ウルなら嬉々として戦ったでしょうから。弟子として、戦う以外の選択はありません」


 なによりも、とサムは続けた。


「確かに魔族に比べたら俺は弱いのかもしれない。だからって――ウルリーケ・シャイト・ウォーカーの唯一の弟子が、戦う前からビビって逃げることなんてできないんですよ!」


 サムの決意を聞いたキャサリンがにっこりと微笑んだ。


「もうっ、男の子って結局こうなのよねっ。ぷんぷん!」

「――おえ」

「若い子を助けるのはお姉さんの役目よね。とことん付き合うわよぉ」

「僕だってそのつもりさ! 夫の向かう場所にどこまでもついていくさ! それに、僕もまだ見ぬ強敵にワクワクしているくらいだよ!」


 キャサリンだけではなく、水樹もサムと一緒に戦う気満々だ。

 心強い仲間の存在に、サムは嬉しくなった。


(遠藤友也が勝てないとわかって俺をボーウッドと戦わせようとしたのが気になるけど、いいさ。ウルの弟子として、このくらいの障害なんて笑って乗り越えてやるよ)


「ぼっちゃま――いかがしますか?」

「サム、どうする?」


 ダフネとゾーイに尋ねられ、サムは犬歯を剥き出しにして笑った。


「――堂々と真正面からの殴り込みだ!」




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