一周年記念「ギュンター外伝2 夫婦②」




 はっきりと幸せだと言ったクリーは本当に幸せそうな顔をしていた。

 ギュンターは、彼女の雰囲気に飲み込まれそうになったが、大きく咳払いして椅子に戻る。


「君も大概、おかしい子だ。幸せだって?」

「もちろんですわ。愛しのギュンター様の妻となり、子供も授かり、お父様とお母様からも可愛がっていただいていますもの。リーゼ様、花蓮様、水樹様、アリシア様、フラン様、ステラ様、レイチェル様というお姉様たちもいます。こんなに恵まれているのに、幸せではないはずがありませんわ」


 ギュンターは、ふん、と鼻を鳴らした。

 クリーが幸せだと思っているのなら、それでいい。わざわざ水を差すつもりはない。

 実際、彼女の言うように、リーゼたちとも良好な関係を築いている。

 王都で慣れない生活をしているクリーをなにかと気にかけてくれているようだ。

 ときには女子会を開き、いろいろな話をしているようだが、それに自分が招かれないことが不満でもある。


「――それに、なんだかんだ言ってギュンター様も」

「僕がなにかな?」

「わたくしのことを愛してくださいますし」

「――断じてそんなことはない!」

「昨晩も三回も――」

「だぁああああああああああああああ! そう言うことを言わないでくれたまえ! 無理やりではないか! あとね、前々から思っていたんだが、ウルリーケの私物を装備するのをやめてくれないかな! 彼女の香りがなくなってしまう!」

「……汚れてしまったのでお洗濯してちゃんとタンスに戻していますけど?」

「君が装備した挙句、洗ってウルリーケの香りがしなくなったものをタンスに戻すなと言っているんだよ! 他の服からウルリーケの香りが消えてしまうじゃないか!」


 クリーが屋敷にやってきてから、ギュンターのコレクションの二割が駄目になってしまった。

 ウォーカー伯爵家にコレクションを増やしに行くも、必ず子竜たちに見つかり撃退されてしまう。

 子竜たちは遊んでいるようだが、いくらギュンターといえど竜に戯れつかれたら命に関わるので毎回必死だ。


「……もういい。後継問題で父上たちを悩ませずに済んだことは感謝している。母上も娘ができたと喜んでいる」

「――っ」

「どうしたのかな?」

「い、いえ、急にギュンター様がおデレになったので動揺を」

「デレていないですぅー! 僕がいつどこで何時何分、この星が何周回った時デレたんですかぁー?」

「まあまあ、そんな照れずともいいじゃありませんの。嬉しいですわ。調――いえ、尽くしてきた甲斐がありましたわ」

「今、調教って言わなかったかな!?」

「まさかそんな! 妻が夫を調教するなんて、そんなことありませんわ! ええ、ありませんとも! レイチェル様からいろいろご作法を教えていただきましたが、わたくしにはギュンター様に鞭や蝋燭を使うなんて微塵も考えていませんわ!」

「……聞きたくなかった単語が聞こえたのは気のせいにしておこう。僕の心のために」


 青い顔をするギュンターに、クリーが可憐に微笑んだ。

 ギュンターは大きくため息を吐く。

 それでなくとも強敵なクリーに、ウルリーケが魔道具を渡したせいでさらに厄介になってしまった。そこにレイチェルのような頭のネジが数本外れたような変態の影響を受けたら、この末恐ろしい少女がどうなるのか想像もできない。

 かわいらしい外見にみんな騙されているようだが、クリーは異性の下着を薬だとしってくんかくんかするような変態なのだ。


「安心なさってください。痛いことはしませんわ。うふふふ、ところで、先ほど革ベルトが届きましたの」

「……なぜそんな報告をするのかな?」

「いえ、特に意味はありませんわ。ただ、殿方の腕力でも引きちぎることが絶対に不可能な頑丈な革ベルトが数本届いたというだけですわ。おほほほほほほ」

「貴様ぁああああああああ! 僕をその革ベルトで拘束して凌辱するつもりだな! これ以上僕におかしなことをしたら舌を噛むぞぉおおおおおおおおお!」


 ねっとり、した視線を受けて、ギュンターは本気で怯えて叫んだ。

 真面目な話、口に出せないようなことを何度もされているため、そろそろお嫁にいけなくなりそうだった。

 しかし、ギュンターの心はまだ折れていない。

 サムの笑顔を浮かべるだけで、小悪魔のような少女とも戦える。


「ご安心くださいませ。ギュンター様が本当に嫌がっておられることはしませんわ」

「十分されていると思うんだがね!」

「フラン様がおっしゃっていました。三回も出しているなら、悦んでいると」

「フランんんんんんんんんんんんんんんんっ!」


 幼い頃から知る、妹分は本当に余計なことを言ってくれる。

 先日も、絞られた自分が悲しんでいるのに慰めもしてくれなかった。


(せいぜいサムと幸せになってベッドの中で泣かされるといいさ!)


 はぁぁぁぁぁぁ、と何度目になるかわからない大きなため息を吐き出す。


「まあ、なんというか……」

「どうかなされました?」

「両親が喜んでいるのもそうだが、君が来てからこの家は明るくなった。君のせいで煩わしい縁談が舞い込んでくるのは困っているが、それでも悪くはない。か、勘違いするなよ! 僕の心はウルリーケとサムのものだ! 身体だってまだ屈していないし、心だって屈しない! だが、僕も父親になるのだ! いくら君が気に入らないと言っても、悪く扱うつもりはない!」

「えっと、あの?」


 自分への好意を隠さず、真っ直ぐにいつも見つめてくるクリーに、少しだけ、本当に少しだけ、気持ちを伝えてみるのもいいと思ってみたが、思うように言葉が出てこない。

 ウルリーケとサムになら、数多の言葉と詩を量産することができるのに、なぜた、と不思議に思う。

 紅茶を飲み干し、立ち上がると、その勢いに任せて声を出した。


「僕はこれからもこのままだ。きっと変わらない。それでも構わないと言うのなら、好きなだけこの家にいればいいさ。どうせ僕は君以外に妻を迎える予定はないからね。もちろん、嫁に行く予定はあるが!」

「……ギュンター様?」

「要するに、実に気に入らないし、癪ではあるが! 君と僕の間に子供が生まれるというのなら、君は家族だ。それは認める。今更、無責任なことはしない。だから、お腹の子を大事にして、両親のことを頼んだよ。――クリー」


 このとき、はじめてギュンターが妻の名前を呼んだ。

 思えばずっと両親の相手をさせていたし、子供ができて妻になったのに、いくら気に入らないとはいえ不誠実な対応だったと反省してした。

 ただ、クリーがあまりにも積極的すぎるので、素直に感謝の気持ちを言うと負けた気がするので言えなかった。

 だが、サムの夫婦の関係や、ウルリーケに前に進めと言われたことをよく考えたギュンターは、クリーに少しだけ歩み寄ることを決めた。

 無論、サムの子を孕むのは諦めていないが。


「つまりそういうことだ。というわけで、この部屋で好きなだけ編み物をしているといい。僕は王宮に顔を出してくる」


 立ち上がり、部屋を開けようとするも、なぜか鍵がかかっていて開かない。


「な、なんだこれは!?」

「――鍵ならわたくしがお部屋に入るときにかけておきましたわ」

「どうしてぇ!?」

「でも、まさか、こんな不意打ちのようにギュンター様にお名前を呼んでいただけるなんて――嬉しくて嬉しくて、赤ちゃんが生まれてしまいそうですわ」

「それは流石に問題があると思うがね!」

「決めました。今夜は寝かせません!」

「え、うそ、や、やめて、今からアルバイトにいかないと」

「公爵家の次期当主がアルバイトするはずがないでしょう。わたくし、今まで手加減していましたが今日から全力全開で挑みますわ! もう決めました!」

「……今まで、手加減していた、だと」


 ギュンターが冷や汗を流す。

 まさか名前を呼んだだけでこんな展開になるとは思っていなかった。


「ご安心ください。明日の朝には、わたくしのことをママと言えるようにして差し上げますわ」

「――た、たすけ」


 潤んだ瞳と、紅潮した頬のクリーがじりじりとギュンターと距離を詰めていく。

 逃げることができず、だからといって乱暴なこともできないギュンターは、「もう二度と素直になんてなるものか」と誓った。

 そして、公爵家にギュンターの絶叫と、クリーの高笑いが響くのだった。



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