一周年記念「ギュンター外伝1 夫婦①」
「――嗚呼、どうしてサムが魔王と会っているのに、僕は王都にいなければならないのだろうか?」
スカイ王国イグナーツ公爵家の次期当主である、ギュンター・イグナーツは屋敷の私室で冷たい紅茶で喉を潤しながら大きなため息をついた。
「ギュンター様がスカイ王国を離れてしまうと防衛が弱まる恐れがあるからではないのですか?」
「はっ! 僕がいなくとも部下たちにこれでもかと結界術を叩き込んでいるから問題ないさ。僕ひとりに対し部下が十数人がかりでなければ同等の結界を張れないことは嘆かわしいが、国の防衛は問題ないのさ」
「でしたら、きっとギュンター様が他国で粗相しないように陛下がお気遣いされたのでしょう」
「僕がいつ、どこで、粗相したのかな!? ――ではなく、なぜ君は僕の部屋で編み物などしているのだろうか?」
ギュンターと机を挟んだ反対側では、毛糸と格闘中のクリーの姿があった。
しかめっ面のギュンターに対し、クリーは十二歳とは思えない母性の溢れた笑みで対応する。
「いずれ生まれてくる我が子のために靴下でもと思いましたの」
「……それは勝手にすればいい。僕が聞きたいのは、なぜ、僕の、部屋で、編み物をしているのかを聞いているんだがね!」
「あら、だって夫婦なのですから一緒のお時間を過ごしたっていいじゃないですか」
クリーは、公爵家から正式に認められたギュンターの妻だ。
その事実を思い出したのか、ギュンターは苦々しい顔をした。
幼なじみのウルリーケばかりを追い回し、変態行為ばかりしているギュンターは良くも悪くも王都の有名人だった。
そんなギュンターではあるが、彼の妻になりたい女性は多かった。
なんせ未来の公爵夫人だ。
ギュンターに想い人がいようと、言動が変態的であろうと、構わないという女性は実際それなりの数いた。
――しかし、誰もがギュンターについていけなかった。
とある貴族の女性は、自らの美貌があればギュンターを夢中にさせることができると自信満々だったのだが、実際に会ってみると人間扱いされず「化粧臭い雌豚」と吐き捨てられた。
その後、ショックで出家しようとした女性だったが、イグナーツ公爵が大慌てでよい男性を紹介し、今では幸せな家庭を築いている。
とある貴族は、優秀な魔法使いの血を取り入れたい、公爵家と縁を持ちたいという下心からギュンターに娘を差し出そうとした。
妻になれずとも、愛人でも構わないと言ったのだが、ギュンターは相手にもしなかった。
そもそもギュンターは、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーと親族たち以外は基本的に興味がない。
もっとはっきり言うと、ちゃんと認識する必要がないと思っている。
さすがに同僚の宮廷魔法使いの尊敬する人物や、部下などは認識できているが、それ以外になるとなんとなく程度でしかないのだ。
そんな息子の結婚を両親はほぼ諦めており、当のギュンターは兄の子供を養子にすればいいくらいに考えていた。
そんなとき、サミュエル・シャイトと出会った。
ウルリーケ以外に夢中になった人物ではあるが、残念なことに相手は男だ。
どう頑張っても、サムが孕むことも、ギュンターが孕むことも難しい。
一時は、性転換する魔法がないか血眼になって探していた。
きっとギュンターがサムを追いかけ回す日々がずっと続くだろうと思われたとき、両親によって連れてこられたのがクリー・ドイクだった。
イグナーツ公爵の派閥であり、ウォーカー伯爵とも知り合いであるドイク男爵は、裏表などないよい人物だ。
若くして領地運営を行い、善政を敷く領主として領民からも慕われている。
野心を持たず、忠誠心があり、貴族には珍しいタイプの人間だった。
そんなドイク男爵の娘がギュンターに懸想していると聞いた公爵は、「この子だ!」と確信したという。
その理由が、クリーの持つスキル「透過」だ。
なんでもすり抜けてしまうクリーの能力は、スカイ王国最高の結界術師であるギュンターの結界を難なくすり抜けるほどだった。
しかし、それだけが理由ではない。
クリーが下心なく純粋にギュンターを慕っているのもそうだが、最大の理由は――ギュンターがクリーをひとりの人間として最初から認知していることだった。
クリーが息子に負けず劣らずの変態行為をする癖があるのも、かわいいものだ。
貴族の中には、もっとひどい趣味を持つ人間もいる。
「そういえば、最近、縁談の申し込みが多いようですわね」
「ふん。くだらないことだ。どうでもいい」
「あらあら、殿方は女性を多く囲いたいと思っていました」
「……わかって言っているだろう? 僕は、ウルリーケとサムがいればいいのだ」
「ええ、存じていますわ」
「……ふん。君もなかなかめげないね。僕に邪険にされながら、よくもまあ、こうして僕の前でにこにこしてられる」
ギュンターとしては、両親が勝手に婚約者にし、挙げ句の果てには正妻にしてしまったことに不満しかない。
両親はクリーを実の娘同然に可愛がっているし、使用人たちは「若奥様」と呼び慕っている。
いつの間にか、イグナーツ公爵家がギュンターとクリーを祝福ムードになっていた。
彼女のお腹にギュンターの子供がいることも大きな理由だろう。
「君はいつも笑顔だな」
「そうですか?」
「いや、いろいろな表情を見ているが、僕の記憶の中ではいつも君は笑顔の印象がある」
「まあまあ、ギュンター様の中ではいつもわたくしが笑顔なのですね。少し照れてしまいますわ」
「……なぜかな?」
「まったくギュンター様は女心がわかっておられませんわね! そんなですからウルリーケ様を長年振り向かすことができなかったのですわ!」
「――うぐっ」
クリーの言葉のナイフが、ぐさりとギュンターを貫き、彼はその場に倒れてしまう。
「おっと失礼致しました。つい、本音が」
「君も言うようになったね! というか、遠慮がなくなったね!」
「夫婦に遠慮などあったら、よい家族になれませんわ!」
「……まあ、それは、よくないが、今はいい。それよりも、僕の質問に答えたまえ」
ギュンターの問いかけに、クリーは満面の笑みを浮かべた。
「わたくしが笑顔なのは――とても幸せだからですわ!」
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