49「魔王ヴィヴィアンと会いました」③




「これでスカイ王国との関係はよしとしましょう」


 にこり、と満足そうに微笑んだヴィヴィアンが、サムを見つめる。


「私の一番の目的は、レプシーと戦った貴方と会うことだったのはご存知よね?」

「はい。でも、その前にひとつだけお聞きしたいことがあります」

「なにかしら?」

「スカイ王国でメイド長をしているルイーズについてですが」


 サムはルイーズのことを切り出した。

 すると、ヴィヴィアが驚きと懐かしさを含んだ表情を浮かべる。


「あら、懐かしい名前ね。もう十年くらい会っていないけど、あの子は元気?」

「はい。お元気です」

「今ここで貴方の口からルイーズの名前が出ると言うことは、あの子が私と友人であることはご存知のようね」

「そのことでお尋ねしたいことがあります」

「どうぞ」

「ルイーズは、あなたの配下であり、魔王レプシーをはじめとするスカイ王国の情報を報告する役目にあると言っていましたが」


 内通者とは言わなかった。

 まだルイーズから魔王ヴィヴィアンへ情報が伝わったわけではないのだ。


「あー」

「あー?」


 サムが緊張気味に話を進めようとすると、ヴィヴィアンが変な声を出した。


「ルイーズは堅物よね。私が口にした戯れを律儀に守るなんて」

「戯れ、ですか?」

「そうよ。あの子がこの地で死にかけていたのを助けてあげたのだけど、恩返しをしたいと言ってきかなかったの。私としては、強い心の声に導かれただけだし、助けたのも善意や思惑があったわけではなく、気まぐれだったから別によかったんだけど、どうしてもと言うから」


 当時を思い出すように、ヴィヴィアンが小さく笑った。


「なら、スカイ王国でちょっと情報収集をしてほしいかなって言ったんだけど、別に配下にした覚えはないの。そもそも、情報をルイーズからもらったことはないし、本当に情報がほしいならお金で買えるわ」

「……えっと、つまり?」

「逆に聞かせてくれるかしら? どうしてルイーズのことをわざわざ聞くの? あの子になにかあったの?」


 質問を返されてしまう。

 サムはまだヴィヴィアンにこちらの事情を話していなかったことを思い出し、説明すべく口を開く。


「そうですね。じゃあ、まずそこからご説明します」


 サムは、スカイ王国第一王子セドリック・アイル・スカイが、メイド長であるルイーズに求婚したことを告げた。

 ヴィヴィアンは知己の恋話に「まあ」と楽しそうな顔になった。

 しかし、ルイーズは魔王に内通しているため、セドリックの想いを受けとめることなどできず、ましてや次期国王の妻になるなど以っての他だと断った。


「あら、まあ」

「というわけで、ルイーズさんがあなたの配下であるのなら、彼女の自由をお願いしようと思っていました」

「そういうことね。――なら、ルイーズに伝えてくれるかしら」

「はい」


 ヴィヴィアンは、ここにはいないルイーズに伝えるように、小さな唇をそっと開いた。


「結婚おめでとう、幸せになりなさい、と」

「それは」

「私はもともとあの子を縛ったつもりはないの。でも、あの子が命を救われた程度のことでまだ恩義を感じているのなら、自由になりなさいと伝えてくれる?」

「喜んでお伝えさせて頂きます」


 サムは内心ホッとした。

 これで少なくとも、残りはルイーズ自身の気持ちの問題である。


(あとは、セドリック様の頑張り次第ですよ!)


 正直、ルイーズは、自分の気持ちを誤魔化すためにヴィヴィアンを利用したような気がしなくもないが、これで踏ん切りがつくだろう。

 セドリックと結ばれることを選ぶのか、それとも求婚を受け入れないかは、彼女次第だ。


「それにしても」

「はい?」

「うふふ。ルイーズが王子様とそんなことになっているなんてね。羨ましいわ。私は、家族愛は知っているけど、恋のような特別な愛を知らないの。だから、ちょっとだけ、妬けちゃうわね」


 長い時間を生きながら、恋を知らないと言った魔王は、笑顔を浮かべながらもどこか寂しそうに見えた。



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