48「魔王ヴィヴィアンと会いました」②




「さ、座って」


 ヴィヴィアンに促されて、サムたちは部屋の中心にある十人掛けのテーブルに腰を下ろした。

 時計回りに、ヴィヴィアン、サム、水樹、キャサリン、ゾーイと座る。

 部屋は会議用なのか、とくにこれといって特徴のない部屋に、大きなテーブルがひとつあるだけだ。


「ワインでもいかが?」

「いえ、お気持ちだけで結構です」

「そう? 難しい話をするもりはないから気を楽にしてね」

「ありがとうございます」


 サムは、ニコニコと微笑む魔王に緊張を隠せずにいた。

 魔王ヴィヴィアン・クラクストンズの底がまるで見えない。いや、彼女が魔王なのかどうかさえ、わからない。

 ダグラスやエヴァンジェリンは、出会った瞬間に、その存在感で魔王だと解ったというのに、目の前の少女にしか見えないヴィヴィアンはまるでわからないのだ。

 道中に見た、レプシーの残した爪痕よりも、深い。まるで海の底のような存在だという印象を受ける。

 水樹も、そして軽口を叩くはずのキャサリンでさえ、緊張気味か大人しい。

 ゾーイも、ヴィヴィアンの前では、口を閉じて静寂を保っている。


「では、お茶にしましょう」


 ヴィヴィアンがそう口にしただけで、まるで待っていたとばかりに、メイドが複数人現れ、人数分の紅茶を用意して、音もなく部屋から出て行った。

 残されたのは、湯気が上るティーカップだけ。


「毒など入っていないから安心して。私のお気に入りの茶葉だから、味は保証するわ」


 優雅にティーカップに薄い唇をつけるヴィヴィアンに、サムも続く。


「いただきます」


 飲み頃の温かい紅茶はとても美味しかった。

 西大陸は、場所によって気候も気温もバラバラだが、夜の国は冬が長く比較的に寒い国だ。スカイ王国では夏真っ盛りの今も、若干の肌寒さを覚える。

 紅茶を味わい、少し落ち着くことができた。


「美味しいかしら?」

「はい、とても」

「ならよかった。じゃあ、緊張も少し解けたところで、まずはお礼を。サミュエル・シャイト殿、先日は同僚の魔王が迷惑をかけたわね。まさか人間の国で文無しになるお馬鹿さんが同僚にいるとは思わなかったけど、思いがけず貴方と会えてよかったわ」

「俺もふたりにお会いできてよかったです」


 ダグラスは気持ちのいい男で、エヴァンジェリンも癖はあったが悪い人ではなかった。

 ふたりと過ごした時間は、サムにとって貴重で楽しいものだったのは間違いない。


「エヴァンジェリンが貴方のことをダーリンと言っているのが気になるけど、今は置いておきましょうね」

「……そうしてくださると助かります」


 苦笑気味のヴィヴィアンに、サムも苦笑で返す。

 どうやらヴィヴィアンは、サムのことをエヴァンジェリンから聞いたようだ。


「でも、一番感謝しているのは――私の可愛い息子に安らかな眠りを与えてくれたことよ。レプシーを殺してくれてありがとう」

「……レプシーは、御子息でしたか」


 まさかヴィヴィアンがレプシーの母とは思わず、サムは驚いた。

 しかし、「違うわ」とヴィヴィアンが首を横に振る。


「お腹を痛めて産んだという意味じゃないわ。私の血を分け与えた息子という意味よ」


 つまり、レプシーはヴィヴィアンによって吸血鬼に転化したのだ。

 あれほどの吸血鬼を生み出すことのできるヴィヴィアンに、サムは動揺を隠せない。


「ゾーイから聞いていると思うけど、あの子は優しい子だったの。優しい故に、愛する人の死を受け入れることができなかった。そのせいで、多くの命を奪ってしまったし、スカイ王国に迷惑をかけたことは、母として申し訳ないと思うの。だから、お礼と謝罪の意味を込めて、スカイ王国とはぜひ友好関係を築いていきたいと思っているわ」

「――願ってもいないことです」


 サムは深く、頭を下げた。

 水樹とキャサリンも同様に頭を下げる。


(まずは、第一関門突破だ。ルイーズさんの件も話したいし、頑張らないと)



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