26「クライド様が頑張りました」①




 コーデリアの悲鳴が響き渡ってからしばらくして、一仕事終えた顔をしたクライドが、執務室に戻ってきた。


「ふう。待たせてしまってすまなかった。コーデリアは快くレイチェルとデライトの結婚を許してくれた」

「嘘だぁ!」

「さすがですわ、お父様! やはりお母様の説得をお父様にお任せしてよかったですわ!」


 どこが説得だったのだろうか、と問い詰めたいが、余計なことを口にしたら面倒なことになると思い口を閉じた。


「うむ、王家のテクがあれば些末なことだ」

「王家のテクってなぁに?」


(あれかな? レプシーに使った王家の力の亜種かなんかかな? ――って、んなわけねーだろ!)


 心の中で突っ込みを入れるサムに、思い出したとばかりにクライドが顔を向けた。


「そういえば、サムに伝授していなかったな。後日、王家のテクを教えよう」

「――ぜひ!」

「おい、サム! ちげえだろ!」

「あ、すみません、つい」


 反射的に返事をしてしまったサムに、デライトが怒鳴る。

 謝罪こそしたが、サムだって年頃の男の子だ。夜の生活の実力向上が可能ならしたいのだ。

 あの堅物そうなコーデリアが下品な声をあげるほどの王家のテクを取得したら、きっと素晴らしいものになる。


(リーゼ様たちがコーデリア様みたいに乱れたら……うへへへ)


 想像しただけでにやけてしまいそうだ。

 奥さんたちは夜の生活に満足してくれていると言ってくれるが、サムとしては常に全力で挑みたいし、喜んでもらいたいのだ。


「お前がそっち側になったら、俺はどうしようもできねえじゃねえか!」

「申し訳ないです。つい、ほら、俺も男の子なので」

「まあ、落ち着くといいデライト」

「……失礼しました」

「構わん。そなたにも王家のテクを伝授するつもりである」

「俺が怒鳴っているのはそういう理由じゃないんですけどねぇ!」

「デライトさん、相手は一応王様ですよ!」

「そ、そうだった。重ねて失礼しました」

「よいよい、そなたと私の仲ではないか」

「誤解されそうなので、その言い方はちょっとやめてほしいですねぇ」


 デライトもだんだん遠慮がなくなってきた。

 男同士のこういう会話も楽しいが、話を進めなければならない。

 サムが手を上げ、尋ねた。


「ところでお義父様」

「どうしたサムよ?」

「結局、その、デライトさんとレイチェル様の関係の行方はどうなるのでしょうか?」


 コーデリアという最大の障害を説得できたことはいいのだが、すでにデライトは断りを入れているので、今回の一件の行方が気になった。

 すると、レイチェルが立ち上がり弾んだ声を上げた。


「一番面倒だったお母様が折れたので、これでわたくしたちに障害はありませんわ! ね、旦那様!」


 嬉しそうなレイチェルに対し、デライトは困り顔だ。


(レイチェル様は純粋にデライトさんを好いているんだろうけど、難しいよなぁ)


「デライト・シナトラよ」

「陛下? 改まって、どうしましたか?」


 クライドが今日一番の真面目な声を出したので、デライトはもちろん、サムたちも姿勢を正す。


「そなたのことを、私を支えてくれたよき友人として、心から信頼している」

「こんな俺には過分なお言葉です」

「そんなそなただからこそ――娘を任せたい」

「……本気ですか?」

「無論、本気である」


 クライドの固い声音に、デライトも緊張気味に尋ねた。


「――理由をお尋ねしても構いませんかね?」

「すべては大切な娘のためだ」

「レイチェル様の、ためですか?」


 クライドは、娘に一度視線を向けてから、深く頷いた。


「デライトも知っているだろうが、第一王女であるステラはサムと結婚した。しかし、サムが将来有望な人材であるからという理由だけで事を進めたわけではない」

「そうであることは理解しています」


 サムも口にはしなかったが、クライドが単純に自分を気に入ったという理由だけでステラと引き合わせ、見合いを、などと言ったとは思っていない。

 しかし、その真意を尋ねたことはなかった。


「サムが王国最強の魔法使いになったからという理由だけでステラと引き合わせたわけではない。サムが優れた魔法使いであると同時に、人格もよく、好ましい少年だったことも理由のひとつだが、ウォーカー伯爵と深い関係にあり、王家の敵にならないという確信があったからである」

「…………理解は、できます。サムは王家を裏切ることはしないでしょう」

「そして、あとで判明したことではあるが、サムは弟の唯一の息子でもあった。ステラの結婚相手として、これほどよい人物はいない」


 なによりも、とクライドは付け足す。


「ステラが愛するサムと結婚させてやりたかったのだ。王としては失格かもしれぬが、親として娘の幸せを第一に考えたい。それはレイチェルも同じである。レイチェルも、私の愛しい娘なのだ」

「……お父様」

「同じ親として痛いほど理解できます。しかし、俺は」

「レイチェルにはすでに婚姻の申し出が多数届いている。スカイ王国の貴族はもちろん、同盟国からも多数ある。無論、王女という立場ゆえに当たり前のことだが、私の調べた限り、その者たちではレイチェルは幸せになれぬ」

「どういう意味でしょうか?」


 デライトに問いかけられたクライドは、苦々しい顔をした。

 フランシスとレイチェルの表情も暗い。


「誰もがレイチェルを利用しようとしている。例えば、スカイ王国の貴族の中には、レイチェルの婿になって発言権を得て、第二王子のラッセルを王に担ごうとしている。コーデリアも自分の息子を王にしたいと考えているが、レイチェルの不幸は願っていない」


 腹を痛めて産んだ子供を王にしたいというコーデリアの考えを否定するつもりはない。むしろ、親としてごく当たり前だと思う。

 しかし、ラッセル王子を担ぎ上げようとしている人間と、コーデリアとでは、想いが根本から違うだろう。


「魔王レプシーの存在をデライトは既に知っていると思うが、レイチェルにも先日伝えた。サムのおかげで責務からは解放されたが、王家が代々引き継ぐ力は健在であるし、守るものもある。私は、セドリックにその役目を任せた。これは覆らない」


 魔王レプシーの存在を知らず、ただラッセルを担ぎ上げようとしている人間など、所詮は自分たちの利益しか考えていない。

 そんな人間がレイチェルの婿になろうものなら、彼女に幸せな日々は訪れない可能性が高いのだろう。

 親としてクライドが案じるのは無理もないことだ。


「実際、ステラも利用されかけていたので、やや強引ではあるが、サムに託した。結果として、ステラは幸せそうだ。次はレイチェルに幸せになってほしい。――故に、頼む」


 クライドは椅子から立ち上がると、その場に膝をついた。


「――陛下!?」


 デライトが目を剥き驚きの声を上げた。

 彼だけではない、サムでさえ、まさかクライドが膝をつくなど思いもしなかった。


「どうか、レイチェルを娶り、幸せにしてもらえないだろうか」

「陛下! おやめください!」

「わたくしからもお願いします、デライト」


 フランシスも椅子から立ち上がり、膝をつこうとし、デライトが悲鳴をあげるように待ったをかけた。


「王妃様まで! とにかくお顔を上げください、陛下! わかりました、お受けしますから! まず、顔をあげてください!」


 王が土下座をして頼むという荒技を見せたことで、デライトは是と返事するしかなかった。



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