27「クライド様が頑張りました」②




 デライトに助けを求められたサムは、一緒にクライドに頭を上げさせて、椅子に座らせた。

 国王でありながら娘のために頭を下げることができるクライドを、サムはすごいと思った。

 レイチェルに至っては、父はもちろん、フランシスにまでそこまでしてもらえると思っていなかったようで、驚きに硬直している。


「強引な事をしてすまいない。だが、そなたなら信頼できるのだ」

「言っておきますが、俺は落ちぶれていましたよ。フランがいなければのたれ死んでいたでしょう。そんな俺で構わないんですか?」

「そう自分を卑下するものではない。確かに、一度はそなたは落ち込んでしまった。しかし、立ち直った。今では立派な宮廷魔法使いだ」

「……陛下」

「そして、今まで国のために尽力してくれたことがなかったことになるわけではない。私にとって、そなたは最高の魔法使いであり、最高の友だ」

「――ありがたい、お言葉です。本当に、もったいない、お言葉です」


 忠誠を誓う王の心からの言葉に、デライトの瞳が潤んだのがわかった。


「親馬鹿だと笑ってくれ。ステラが好きな男と結婚したのだ、レイチェルにも好きな男と結婚させてやりたい」

「……お父様!」


 父の気持ちを知り、レイチェルは涙を流す。


「レイチェルも、そなたを慕う故に悩んだそうだ。想いを打ち明けていいものか、と。しかし、悩んだ末に、本気でそなたを愛していると気づき、行動に出たのだよ」

「……そう、でしたか」


(その行動が酷かったんですけどね、って突っ込んだら野暮だよなぁ)


 思わず喉まで出かけた言葉を、サムは必死に飲み込んだ。


「そなたは魔法使いとしても、男としても、現役でビンビンだ。なに、レイチェルだけとは言わん。そなたに来ている縁談の中から気に入った娘を他にも嫁にするといい」

「いえ、俺にはレイチェル様だけでもったいないです」

「デライト様!」

「複数人を愛することができるほど器用じゃないですしね」


 そう言ったデライトが、立ち上がり、レイチェルの前に膝をついた。

 視線を合わせたデライトは、慕ってくれる王女に問いかけた。


「こんなおっさんでいいんですかね?」

「デライト様がいいのです」

「もっと若くていい男がいるはずですよ」

「デライト様以上にいい男はいませんわ。わたくしはデライト様がいいのです!」

「――そこまで言ってくださるのであれば、俺も覚悟を決めましょう。正直、俺は色恋沙汰には疎いです。前妻も、縁があって結婚しただけでしたので、ご苦労かけると思いますが」

「ご心配なさらなくてもいいのですわ。わたくしが努力し、デライト様に愛されてみせますから」


 レイチェルはデライトの瞳を真っ直ぐに見つめ、自身の気持ちと決意をはっきりと口にした。

 デライトは、レイチェルに向けて初めて優しい笑顔を見せた。


「では、俺も、レイチェル様を幸せにできるよう努力します」

「――末長くよろしくお願いいたしますわ」


 花が咲くような笑顔を浮かべて、涙を流すレイチェル。


(この光景をステラにも見せたかったな。きっと自分のことのように喜んだと思うな)


 紆余曲折あったものの、デライトはレイチェルの気持ちを受け入れた。

 きっとふたりは幸せになるだろう。そんな予感がする。

 なによりもレイチェルの行動力があれば、自分から進んで幸せになりにいくはずだ。

 デライトの前妻とは違い、心からの愛情があるレイチェルならば、本当の意味で彼と夫婦になる日はそう遠くないはずだ。


「うむ! めでたい! これでレイチェルも安泰だ! 私の希望としては、将来的にステラの子とレイチェルの子が結婚してくれる事を願うぞ!」

「まあ、お父様ったら気が早いですわ! 最低でも十人は産ませていただきますので楽しみになさっていてくださいませ――では、さっそく」

「ん?」


 恋が叶って幸せそうだった乙女の顔が、貪欲な肉食獣のように一変した。


(あ、この展開知ってるぅ!)


「わたくしのお部屋で初夜といたしましょう!」

「いや、早えよ! まだ夜じゃないだろ、ちょ、なんだ、この王女様、力がめっちゃあるんだが! おい、サム! 助けろ!」


 がっしりデライトの腕を握り締めると、彼を引きずっていく。

 レイチェルの小柄な身体のどこに、そのような力があるのか驚いている間にも、ずりずりとデライトが力敵わず部屋の外に。


「頑張ってくださいね!」


 サムにできることは笑顔で見送る事だけだった。

 ここで邪魔をするのは野暮だろう。


「あ、てめ! そうだ、俺はもう独り身じゃねえんだから、フランのことを頼んだぞ! あいつは俺のためにいろいろ犠牲にしてきたんだ。だからお前が幸せにしてやってくれ、頼んだぞぉおおおおおおおおおおおお」


 最後にフランをサムに託しながら、デライトは連れて行かれてしまった。

 きっとそう遠くない内に、懐妊の報告があるだろう。


「それにしても、レイチェル様の力すごいっすね」

「サムは知らぬようだが、時折、王家の力の使い方をしらずとも無意識で使ってしまうものがいる。レイチェルは、王家の力を無意識に使い膂力を強化してしまうのだ」

「へぇ」

「私が、レイチェルをデライトに、そなたにステラを託したのも、王家の力を受け継ぐ可能性のある子が生まれるのなら、信頼できる相手に託したいというのもある」

「でしょうね。王家を利用しようとする輩に、王家の力が渡ったら、怖いことになりそうですものねぇ」


 王家の力を知る人間は少ないとしても、その力を持った子が生まれれば、いずれわかることだ。

 その力を持って、王位に相応しいのは力を持つ我が子だ、なんてことを言い出す貴族が出てくる可能性だってある。

 そんなことになれば、待っているのは王位継承権争いだ。

 王家を利用しない、忠誠を誓う者と婚姻関係を結ばせ、子供たちの幸せと同時に、王家も守れるならそれが一番いい。

 デライトのように、現在の王家と国王陛下に心から忠誠を誓う人間は変えがたい存在である。

 レイチェルの想い人がデライトでよかったとクライドも思っているかもしれない。だからこそ、頭を下げてまでレイチェルを託したのだ。


「さて、サムよ。デライトが言っていたが、フランのことを頼んだぞ」

「――お任せください」


 躊躇う事なく返事をしたサムに、クライドが驚く。


「意外だな、慌てぬのだな?」

「以前、フランさんからお気持ちを伝えてもらいましたから。いずれ、こういう日がくると思っていました」


 実を言うと、サムはフランから告白されている。

 ただ、デライトが宮廷魔法使いに復帰し、今が一番大事な時期だから、改めてということになった。

 リーゼたちもフランの気持ちを知っており、むしろサム以上に歓迎している節がある。

 フランが納得できるほどレイチェルがデライトを支えてくれるのなら、サムは彼女を迎えにいくだろう。


「ならば、頼む。フランは私にとっても娘のような存在だ」

「はい、幸せにできるよう努力します」

「うむ、頼んだ」

「はい。しかし」

「なんだ?」

「デライトさんは、意外とレイチェル様をすんなり受け入れましたね」


 実を言うと、もっとデライトがレイチェルを拒むと思っていた。

 彼女が駄目だとかではなく、年齢差や、娘がいることなど、理由があるためだ。

 そんな疑問を浮かべるサムに、フランシスが微笑んだ。


「ふふふ、サムもまだ子供ですね。デライトも宮廷魔法使いに復帰した以上、立場的にいずれ妻を迎えることになると分かっていたはずです。フランを嫁にやりたいのなら、尚更です。後継が必要ですからね」

「あー、そうですよね。そこまで考えていませんでした」

「もちろん、結婚と言っても純粋にデライトを慕う娘は少ないでしょう。残念ながら、貴族の婚姻は政略結婚が多いのが事実です。無論、政略結婚で幸せになれないわけではありませんが、前妻の二の舞になる可能性もあります。ならば、レイチェルのように、一途に慕ってくれる娘のほうがいいでしょう」

「なるほど」


 レイチェルのデライトへの気持ちは本物だ。それだけは間違いない。

 納得しているサムに、クライドが補足するように付け足した。


「デライトも男だ。きっと若い女が好きなのであろうな!」

「あの、それを言ったら、さすがにいろいろ台無しです!」


 ははははは、と笑うクライドがどこまで本気で言ったのかはさておき、貴族間の結婚ならばデライトとレイチェルほどの年の差婚も特別珍しいわけではないと思い出した。


(まさか、デライトさんに限ってそれはないよね? ね?)


 デライトの趣味はさておき、彼とレイチェルのこれからに幸せが訪れることをサムは祈りながら、実はまだ王宮での用事が終わっていないことに、


(今日も一日長くなりそうだ)


 肩を竦めて、サムと会いたいと言っているメイド長ルイーゼのもとへと向かうことにした。




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