25「ビンビンです!?」③




「それはそなたの誤解だ。私のビンビンは、コーデリア、そなたにも向いている」

「信じられません!」

「いや、あのさ、ビンビンが向くとかなんなの? つーか、もうビンビン言うのやめない、他に言葉思い浮かばないの?」


 気の強い女性であるコーデリアが、瞳に涙を浮かべて訴える場面ではあるのだが、言葉の中にビンビンという単語が入るので、とてもシュールだ。

 本人たちが真面目にやっているのが質が悪い。

 サムはもう笑いを通り越して、ここまでビンビン言える人たちが怖くなってきた。


「コーデリアよ」

「もういいです! とにかく、デライト・シナトラがビンビンであっても、私は認めぬ!」


 コーデリアがもう話は終わりだと立ち上がろうとした。


「待つのだ、コーデリアよ」


 第二王妃の腕をクライドが掴み、止める。

 感情的になって振り払おうとするコーデリアだったが、クライドがさせなかった。


「……コーデリア、隣の部屋でふたりで話をしよう。そなたに私のビンビンを向けなかったのはすまなかった。だが、今はレイチェルの幸せのために話をするのが必要ではないか。私たちのビンビンはあとでよい」


 クライドは、そう言うと、やや強引にコーデリアの腕を引き、隣室へと連れ込む。

 パタン、と扉の閉められる音がし、ふたりの姿が消える。


「喧嘩とか始まったら嫌だなぁ」

「サム、陛下にお任せしておけばいいのですよ」


 さすがに夫婦喧嘩をされるのは困る、と心配するサムに、心配いらないとフランシスが言ってくれるのだが、コーデリアの感情的な態度を見ていると、とてもじゃないがなんとかなるとは思えなかった。

 隣室からは、なにかを怒鳴るコーデリアの声が聞こえていた。

 詳細はわからないが、コーデリアが激昂しているのは確かだった。


(うわぁ、声が聞こえちゃっているよ。確か、隣はクライド様の仮眠室だったっけ? 壁が薄いのかな? もしくは、コーデリア様がそれだけ怒っているということかな)


 コーデリアの不満もわからなくはない。

 クライドが夜の方をフランシスばかり相手にしていれば、第二王妃として面白くはないだろう。

 サムにとっても人ごとではない。お嫁さんたちは、みんなちゃんと大事にしようと改めて決意した。

 そうしていると、


「――んん?」


 コーデリアの怒声が静かになった。

 もしかして、クライドがうまく宥めたのかと感心するサムだったが、


「あんっ、いけませんわ、陛下ぁ。陛下の頼みとはいえ、あ、そんなぁ、こんなところで、急にっ、あああああっ、娘に、レイチェルに聞こえてしまいますっ!」


(隣室で何かが始まったぁあああああああああああああああああああ!?)


 正直、サムは自分の耳を疑った。

 ストレスで幻聴でも聞こえてきたのかと思ったが、ちらり、とデライトを伺うと、びっくりした顔をしていた。

 残念なことに、幻聴ではないようだ。

 そして、コーデリアのなにやら艶のある声が、隣室から再び響き渡る。


「こ、このようなことをされても、私がっ、ああっ、意見を変えるとは、んっ、んあああっ、思わないっ、でっ、んはぁあああああっ、ら、らめぇっ、ビンビンらめぇぇぇ! ああっ、らめぇっ、もうっ、らめぇええええっ、くるっ、きちゃうっ、んんんっ。んんほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

「なにが起きているんでしょうねぇ! マッサージですかねぇ!?」


 なんとも気まずい嬌声をかき消すようにサムは大きな声を出した。

 義理の父が、妻とあれこれしている声など聞きたくない。


(というか、フランシス様はニコニコしているし、レイチェル様も平然としているのが怖い! なにこれ、王族ってこういうのに耐性あるの? オープンなの!?)


 想像していなかった展開に目を白黒させるサムに、デライトが恐る恐る声をかけてくる。


「なあ、サム」

「は、はい?」


 デライトの表情は暗く、何やら思い詰めているようだった。


「仮に、仮にだぞ、レイチェル様と事が進んだら、だ。あれと家族になるのか、俺は?」

「デライトさんが忠誠を誓う陛下と親族になれてよかったですねぇ」

「いや、あれは俺が忠誠を誓った陛下じゃねえし。陛下の皮を被った、どっかのビンビンのおっさんだ」

「きっとレプシーから解放されてはっちゃけているんですよ。ほら、今まで心労があったでしょうし」

「今度、魔王に会うんだろ? ひとりでいいから捕まえてこい。陛下には魔王が必要だ」

「無理ですって」


 現実逃避するようにデライトと言葉を交わしていると、


「わかりまひたぁあああああああああああっ、レイチェルの結婚を認めましゅううううううううううううううっ、らから、らからぁあああああああああっ、もう、もうっ、んほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


(まだやってんのかおっさん! というか、説得方法がすげえな! しかも、コーデリア様負けちゃったし! 結婚認めちゃったし! これでいいのか!? なあ、王族!?)


 一際大きなコーデリアの悲鳴が聞こえてきたので、サムは心の中で大絶叫だ。

 デライトも、第二王妃の艶やかを通り越して下品な声に、どうしたらいいのかわからない顔をしている。

 そんなサムとデライトに対し、


「あらまあ、さすがですわ陛下」

「さすがお父様ですわ! あの気難しくて婿の貰い手がなかったというお母様を骨抜きにしただけはありますわね!」


 手を叩いて感心するフランシスと、レイチェルに、


(やっぱ王族ってどこか変だなー)


 今更ながらに、王家の血を引く人間はどこかおかしいと確信するのだった。



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