16「フラン様の憂鬱です」②




 酒浸りになったデライトだが、それでもついてきてくれる人間はいた。

 復帰を信じてくれていた弟子もいないわけではなかった。

 しかし、デライトは立ち直ることができなかった。

 弟子たちは数を減らし、最後には誰もいなくなった。中には、最後までついていくことができずに申し訳ない、とフランに泣いて謝ってくれた人もいたのだ。

 フランは、そんな弟子たちの成功を祈った。

 実際、最後まで残ってくれた弟子たちは、軍をはじめ、一流と呼べる職場への就職を叶えていた。

 聞いた話では、デライトの弟子だったことが少なからず影響した面もあったそうだ。

 フランは素直に祝福した。

 だが、問題はここからだ。


「はぁ、今日も来ているのね。こいつらもしつこいわね」


 早々にデライトを見限った弟子たちが、再び弟子に戻りたいと連日手紙をよこすようになっていた。

 これには、フランは呆れるしかない。

 父が宮廷魔法使いを辞して、何年が経っていると思っているのだ。その間に目が出なかったのだ、才能がないのだろう。

 アルバートの下で悪さをした連中も、デライトの弟子になることでやり直したいようだが、魂胆は見え見えだ。


「どうせお父様に仕事を斡旋してもらおうと思っているのよね」


 最後まで残っていた弟子の多くが、復帰を祝う手紙を送ってくれるというのに、弟子の中でこうも差があるのは、正直笑えてくる。

 中には、父を身限りながらフランと結婚したい、実は想いを寄せていた、などと神経を疑うような内容の手紙まで届く始末だ。

 宮廷魔法使いに復帰したデライトの娘の夫になれば、将来は安泰だろうというつまらない欲望が明け透けだ。


「まあ、お父様にまったく非がないとはいわないけど、付き合う価値のない人間と関わるつもりはないのよね」


 イグナーツ公爵家、ウォーカー伯爵家、そしてスカイ王家という、父を見捨てず支援してくれた人たちがいるのだ。

 権力と立場しか見ないような人間たちと、無理して交友関係を広げる必要はない。

 フランは、手紙を魔法で燃やしてしまうと、父のために食事の準備をしようと食堂に向かう。


「……そういえば、使用人の人たちも戻ってきたいって言っていたわね」


 給料を支払う金がなかったので使用人にはやめてもらったが、使用人たちは最後までデライトとフランを案じてくれていた。

 使用人たちは、その後、イグナーツ公爵家とウォーカー伯爵家の力を借りて再就職できているが、最近になって再び雇って欲しいと連絡があった。

 気持ちは嬉しいが、親ひとり子ひとりで数年過ごしていたのだ、今更使用人たちの世話にならずとも生活はできる。

 何よりも、彼らは給料のいいところに再就職できているのだ。気持ちは嬉しいが、生活を第一にしてほしい。


「ただ、お父様の世話をしてくれる方がいれば、私も安心して嫁にいけるのにね」


 父はいい年だが、貴族で立場もあるゆえに再婚したって不思議ではない。

 フランが反対なのは、デライトの立場だけを見て、娘を送り込んで来る人間たちと縁を結ぶことだ。

 デライトが気に入った女性を再婚を願うのなら、娘として心から祝福するだろう。


「とは言っても、お父様も結構面倒な人だから」


 娘から見ても、父は気難しい性格をしている。

 そんな父を最後までちゃんと支えてくれるような人物でなければ、とても祝福などできない。


「ま、いい歳をしたお父様と結婚するような変わり者はいないでしょうね」


 父は、今は魔法が楽しくてならないようだ。

 サムと出会い、ウルと再会したことで、晴々とした顔を浮かべている。

 しばらくは女性とは縁がないだろう。

 なんだかんだ言って、フランも父の面倒を見るのが好きだった。


「さてと、ご飯の支度を……」


 フランが厨房に入ろうとしたときだった。

 どんどんどんっ、と屋敷の門が叩かれる音が聞こえた。


「誰かが来る予定なんてなかったはずなんだけど」


 首を傾げて、屋敷の外へ向かうと、門の前で誰かが大きな声で自分の父の名を呼んでいた。

 しかも、どこかで聞いたことのある声だった。


「どなたです?」


 無作法に門を叩き続ける訪問者に警戒しながら、尋ねてみると、「フラン」と門の向こう側から馴れ馴れしい呼び声が響く。

 嫌な予感がした。


「私よ、お母さんよ!」

「――っ」


 訪問者は、誰よりも早く父を身限り家を出て行った母ナンシーだった。



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