17「自称妻が乗り込みました」①
門を開けることを躊躇ったフランだが、せっかく宮廷魔法使いに復帰した父におかしな噂が流れることを避けたいと考え、渋々とだがナンシーを敷地に招き入れた。
彼女はそのまま屋敷の中に向かおうとしたが、フランが壁となって立ち塞がった。
(最後に見たこの人は、父に侮蔑の顔を浮かべていたのよね)
しかし、数年ぶりに再会したナンシーは、明らかにくたびれていた。
お世辞にも手入れが届いているとは言えない髪や肌、瞳には力がなく、身なりもよくない。
城下町では珍しくない一般的なロングスカートとブラウスを身につけているが、その衣服も汚れていた。
フランの覚えているナンシーは少々潔癖なところがあったのだが、数年会わなければ変わるものだと染み染みと思う。
「久しぶりね、フラン」
「気安く私の名前を呼ばないで」
あくまでも母親として接しようとするナンシーに、フランが不快な表情を作る。しかし、ナンシーは構わずフランの身体に触れてくる。
スキンシップを取ろうとしているのだろうが、まるで蛇が身体に巻きつくような嫌悪感を覚え、フランはナンシーの手を振り払った。
「なによ、私は母親でしょう。そんなに邪険にしなくてもいいじゃない」
「私とお父様を捨てておいてよく言うわよ」
正直、会話だってしたくない。
そもそも、ナンシーの身なりと、このタイミングで現れたことを考えれば、この先の展開など容易く想像できる。
「そのことについては謝るわ! きっとどうかしていたのよ。でもね、私にも事情が」
「あったところで、知らないわ。お父様が宮廷魔法使いを辞した翌日に出て行ったくせに」
「それは」
言い訳を重ねようとするナンシーの言葉をフランが苛立ち気味に遮る。
どのような理由があろうと、父と自分に一言もなく出て行ったことは変わらないのだ。
「言い訳もなにも聞きたくないの。私は忙しいんだけど、なにか用事でもあるの?」
「旦那様とお話を」
「する必要はないわ」
「お願いよ、フラン!」
「はぁ。伝えておいてあげるから、私に言って」
「……でも」
大方、父になら言い訳と謝罪を重ねれば許してもらえるなどという甘い考えを抱いているのかもしれないが、そんなことはさせない。
フランはもちろん、デライトも、とうにナンシーを過去の存在としている。
今更出てきて何か騒いでも、なにも変わらないだろう。
ただ、娘としては、せっかく新しい人生を歩み始めた父を煩わせたくなかった。
「言う気がないなら帰って。それとも叩き出されたいの?」
例え、母親だった人間であっても、フランは言葉通り叩き出すだろう。フランの本気が伝わったのか、渋々とナンシーが口を開いた。
「……わかったわよ。旦那様が宮廷魔法使いに戻ったと聞いたわ」
「それで?」
「だから、よりを戻してもいいと思ったの」
「――は?」
「旦那様だって、独り身だと体裁が悪いでしょう? だから、ね?」
「……ふざけないで」
「フラン?」
フランは怒りで震えた。
まさか産みの親にここまで怒りを覚える日が来るとは思いもしなかった。
目の前の女を殴り飛ばしたい衝動を我慢し、代わりに声を荒らげる。
「ふざけないでっ! あんたが出て行ったせいで、お父様がどれだけショックを受けたか! 妻なら、支えるべきでしょう! 逃げておいて、よくも今になって顔を出せたわね!」
「と、当時は若かったのよ、だから、今、償いを」
フランの剣幕に押されて言葉を小さくするナンシーであったが、それでも引く気はないようだ。
「言っておくけど、知っているから」
「な、なにを」
「あんたが商家の妻になったことも。若い愛人に追いやられて、子供と一緒に家を追い出されたことも……その様子だと貧しい暮らしをしているみたいね」
「そ、そうなのよ! フランの弟が、着る服もなく、食べることも困っているの。だからお願い、旦那様に再び迎えてくれるように」
「――黙れ!」
あまりの図々しい物言いに、フランの怒りが増していく。
家族を捨てて商家に嫁いだのも、子供を作ったのも、愛人に追い出されたのも、すべてナンシーの選択によって生まれた結果だ。
その尻拭いをする必要がデライトにあるはずがない。
「私に弟なんていないわ! あんたとどこの誰かとで出来た子供なんて、どうでもいいのよ!」
「――フラン! あんたには情ってものがないの!?」
「お父様を捨てて、早々に男を作ったあんたが言うな! どうせ、お父様との結婚だって地位と金が目当てだったんでしょう!」
「それのどこが悪いというの!? 貴族の結婚なんてみんなそんなものじゃない!」
ついに開き直ったナンシーに、フランはわざと笑って言ってやった。
「残念だったわね。お父様には連日、結婚の話が舞い込んでくるわ。それも、あんたみたいなおばさんじゃなくて、育ちのいい若い子よ」
「そんな。ど、どうせ、金と権力を目当てにした家が差し出す女でしょう!」
「だから、あんたが言うな!」
父の立場と縁を狙う下心がある結婚であっても、この女とよりを戻すよりはマシだ。
「わ、私以外に、旦那様を幸せにできる女が他にいるとでも言うの!?」
「だから、あんたが――」
「――ここにいますわ!」
「え?」
「へ?」
フランとナンシーの言い争いに割って入った声は、聞き慣れない少女の声だった。
言葉を止め、声のした方を振り向くと、そこには腕を組み、胸を張るスカイ王国第二王女レイチェル・アイル・スカイと、
「あの、すみません、おじゃまします」
「突然、ごめんなさい」
「フラン様、ご機嫌よう」
気まずそうな顔をしているサムと、リーゼ、そして笑顔のステラがいた。
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